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2019/06/11

 この番組だから、普段は断るテレビ出演を引き受けたと証言する作家は数多い。永六輔、渡辺淳一、浅田次郎、天童荒太、銀色夏生、上橋菜穂子、最終回に出演した沢木耕太郎……。出演者を「テレビ的」に扱うことはせず、あくまでも作家として向き合い、外山アナとタッグを組んで生み出した心地よい空気の中で、著書に対する真摯な感想や独自の「読み」を投げかける。稲垣の姿勢が、出演者のバリアを解いたのだ。

「その役割を一番最初に果たしてくれていたのは、番組スタッフですよ。スタッフがちゃんと本を読み込んだうえで企画書を作り、事前の打ち合わせや取材で著者の方と会った時も、“この番組に関わる人たちは自分の本を読んで、好きでいてくれている”という誠意がご本人に伝わったから、スタジオに来てくれるんじゃないでしょうか。

 スタジオの雰囲気も独特なんです。作家さんってテレビに出られるお仕事の方ではないので、どうしても緊張してしまうと思う。でも、部屋の中にいるようなセットであるとか、面と向かい合う座り位置のおかげで、カメラに向かって喋る必要がないんですよね。リラックスできる作りになっているんです。あとはもう僕らの仕事としては、一緒に楽しく喋って心地よく過ごしてもらえればいいかなって。

 沢木耕太郎さんが最終回のゲストで出られた時におっしゃっていましたが、取材の時は相手を好きになり、とにかく相手を知りたいという気持ちを伝えるんだ、と。僕もその感覚がありましたね。収録中、特に指針にしていたことはないんだけれども、僕自身の興味が相手にちゃんと伝わったら、受け入れてもらえるんじゃないかなと思っていたんです」

作家が喜んだ、稲垣吾郎の心遣い

 ただし一つだけ、心を掴むテクニックがあったそう。

「本の中から拾ってきたフレーズ(文章)を、本人の前で言えたらな、と。作家さんにとって、ストーリーを練ることも大事なんだろうけど、フレーズってすごく大切ですよね。フレーズを練りに練って、磨き上げるお仕事じゃないですか。あくまでも会話の流れで出てきた素直な気持ちでなんですけれど、そこを良かったと伝えることで、喜んでもらっているなぁと感じることは多かったです」

 作家の喜びは、想像に難くない。稲垣吾郎の体の中に、自分の書いた言葉が入っていた、ということなのだから。

「グループを離れて初めてMCをやらせてもらった番組は、アーティストの方をゲストに招いてお話を伺う『稲垣芸術館』(2000年)でした。それ以降もテーマを変えていくつかの番組をやらせてもらった中で、次は本はどうですか、と声をかけてもらったんです」