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連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

『嵐電』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

“忘れる”という悪夢

2019/06/30

 忙しい時、夜眠ると、悪夢を見る。これまで見た中で最も恐ろしかったのは、「亀を飼ったことを忘れる」という夢だった。自宅でくつろいでいて、ふと思いだすのだ。半年前に亀を飼い始め、すぐ忘れたことを……。水槽はすぐ後ろの棚に乗っている。わたしは、ゆっくり、振り……返り……。ギャ――!?

 怖すぎて、意志の力で起きてしまった。

 暴力を受ける、命の危険がある、騙されるなど、恐怖にはいろんな原因がある。でも中でも、“大事なことを忘れてしまう”のは、かなり寒気を伴う恐怖だと思うのだ。

 さて。この映画は、京都を走る路面電車、嵐電(らんでん)を舞台にした、“忘れる”がテーマの怪奇風味な群像劇なのだ。

© Migrant Birds / Omuro / Kyoto University of Art and Design

 京都の西を走る昔ながらの嵐電には、地元民、太秦撮影所の映画業界人、観光客など、様々な人が乗っては降りていく。そんな嵐電には、実は都市伝説がある。“狐の車掌と狸の駅員がいる車両に相思相愛の人と乗ると、大事な時間のことを忘れてしまう”――。

 物語には三組のカップルが登場する。地元の高校生と修学旅行中の高校生は、初恋に戸惑っている。二十代の俳優と仕出し屋の店員は、二度目(?)の恋に臆病になっている。執筆のためにやってきた四十代の作家は、家に置いてきた配偶者との間に距離を感じ、内心傷ついている。

 そして三組とも、狐の車掌と狸の駅員の乗る嵐電を見てしまい……!?

© Migrant Birds / Omuro / Kyoto University of Art and Design

 まさに京都マジックリアリズムの本領発揮! 不思議なドラマの乱れ打ちでした。でもわたしは次第に、スクリーンに直接映っていないもの……震災や、認知症などの病気や……かけがえのない記憶が消えてしまうこと自体への、作り手の深い哀悼を感じ始めました。

 観終わった時には、忘却は怖いことじゃなく悲しいことに変わっていました。そのことを映画にそっと許されもしたような……えもいわれぬ余韻の中にいました。

INFORMATION

『嵐電』
出町座(京都)公開中。
7/5(金)よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
http://www.randen-movie.com/

出典元

「小室さんの件は父とは話しません」眞子さま父への絶望

2019年7月4日号

2019年6月27日 発売

定価420円(税込)

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