昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

source : 週刊文春デジタル

genre : エンタメ, 社会, テレビ・ラジオ, 芸能

「タクシー代をあげるから、帰ってくれないか」

 そこでA子さんは意を決して、「(こちらを見てくれないのは)私に生理がこないからなの?」と聞いた。

「不安で、声は震えていたと思います。そうしたら『ずっと言いたかったんだけど……楽しくない』と、急に不機嫌な態度になってしまって。数日前に電話口で聞いた優しい声とは全く違う、冷たい声でした」

 ショックを受けたA子さんは何も言えず、黙り込んでしまった。2人の間には気まずい時間が流れた。

「それでもいつものように一晩過ごせば優しい颯君に戻るかもしれないと、そう思っていました。でも颯君は『先寝てて』と言ってマンションを出ていってしまった。私はLINEで『朝まででいいから(側に)いて』と引き返してくれるようお願いしました。そうしたら面倒そうに戻ってきて、『タクシー代をあげるから、帰ってくれないか』と冷たく言い返されました」

家を出て行ってしまった水上氏に対してA子さんが送ったメッセージ。取り消されたメッセージについてA子さんは「その時の感情に任せて書いてしまったので、嫌われてしまうと思ってすぐに消した」

 それでも食い下がるA子さんだったが、水上氏は冷たい態度を取り続けた。

「生理の話をするたびに、彼は話題を変えたり部屋を出ようとしたりするんです。『距離を置いたほうがいいと思う』とも言われました。結局ひとつのベッドで一緒に寝ることになったのですが、そっぽを向いて『触らないで』と言われました」

 思いつめたA子さんに対し、水上氏は最後まで向き合うことはなかった。

「帰り際にはいつもキスとハグをするのが習慣だったのに、『したくないの、わかるでしょ』と初めて断られてしまって……。その瞬間、颯君に捨てられたんだと、目の前が真っ暗になりました。ずっと気付かないフリをしていたけど限界でした。私はその時ひとりぼっちになってしまいました」

一人で中絶同意書にサインし、一人で終わらせた

 孤独と絶望の中、約1週間後に行った妊娠検査の結果は陽性。A子さんはネット検索をし、一刻も早い中絶が母体への負担を最小に抑えられることを知った。

「彼と相談できていれば、もう少し悩んでから決断したかもしれません。でもあの日の冷たい言動が忘れられなくて。こんなこと誰にも相談できません。親が知ったら、心配で倒れてしまうかもしれない。だから、一人で終わらせることにしました」

 A子さんは「パートナーと連絡が取れない」ことを理由に中絶同意書に一人でサインし、堕胎手術を受けた。15万800円の費用は、A子さんが全額負担した。

「何度も『よろこんであげられなくてごめんね』と赤ちゃんに謝りました。全部、私がしっかりしていなかったのが悪いんです。暗闇に放り出されたような恐怖と不安に押しつぶされそうでした」