昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

日本の介護が「刑務所ビジネス」で破壊される日――内田樹×堤未果

日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡される“ハゲタカ”問題を考える(1)介護ビジネス編

公務員だった8年間の年金記録まで消えていた

内田 消えた年金といえば、僕が大学を退職するときに総務に年金の資料をもらいにいったら、神戸女学院時代の21年分しか記録がなくて、それ以前の、会社で5年間、都立大の助手を8年間やっていた期間の支払いがすべて消えていたのには驚きました。自分で会社をやっていた5年間の年金記録が消えていたのは分からないでもないけれど、公務員時代の年金記録まで消えていたのにはびっくりしました。「どうすればいいの?」って訊いたら、「在職して年金を支払っていたという証明書をもらってきて、手続きしないとダメでしょうね」っていうんです。「でも、僕の勤めていた大学、もうなくなっちゃったんですけど……」(笑)。そういう場合はどこに行ったらいいのか訊いても、「さあ……」と言われて。冷たいもんですよ(笑)。めんどくさいので、僕、年金貰ってないんです。

©末永裕樹/文藝春秋

 ひどい……信じられない話ですね、最後の結論が潔いけれど(笑)。「記録が消える」「統計ミス」などは国の機関にとって重大な欠陥ですが、その後も年金データの処理が下請けの外国企業に委託されるなど、ずさんな扱いをしているのが気になります。2000万問題に戻ると、あの報告書を読むと、高齢夫婦無職世帯の平均貯蓄額は2484万円と書かれていますが、平均だから当然その中に格差があり、2000万円という数字だけ見るとゾッとしますよね。厚生年金加入者が2000万円なら国民年金加入者は5000万円以上足りなくなるなど、国民が不安になったところに金融庁から「とにかく早い段階から資産形成を」と促されている。金融庁の本命はあの部分でしょう。

内田 いまの高齢者はある程度の個人資産を持ってるかもしれませんけれど、いまの現役世代が普通に働いて2000万円貯めるのは難しいと思います。定期預金の金利はほぼゼロですから、貯金してたら資産形成なんてできない。だから、あれは要するに「株や不動産を買って、投機的なふるまいをしろ」って国民を脅しつけているってことですよね。一般市民を賭場に引きずり出して来て、「さあ、張った張った」と煽っている。

 NISAの優遇措置をはじめ、政府はこれまで金融分野の法改正を進め、なかなか預貯金を移し替えない一般国民が投資しやすい環境を整えてきました。金融リテラシーは確かに必要ですが、問題は、財界や投資家と政府の距離が近すぎること。投資を促したい人たちに金融庁が協力し、そこが出した平均値が一人歩きして老後不安が煽られている。でも本来年金とは何のために存る制度でしょうか? 制度が残っても受給額が目減りしてゆく中で、安心して年を重ねられる社会にするために政治ができることは沢山ある筈です。例えば給料の大半が家賃に消えてしまう今の現状で、欧州のように高齢者や若者、母子家庭や子育て世帯への住宅支援を手厚くするだけで、かなりの負担が軽減されます。
 また、奨学金という名のローンに金融業界が参入して利益を上げ、若者が卒業と同時に背負った借金でマイナスからスタートする今の仕組みも見直すべきでしょう。女性に社会に出て活躍しろと言いながら、保育や介護の報酬を下げて、保育難民・介護難民を増やしている現状も本末転倒です。不公正な薬価の適正化と地域医療促進で老後医療費を下げる事もですし、老後の生活費を減らすための政策はいくつもある。「自己責任」で地方や個人に丸投げする前に、政治が動くことが先でしょう。