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日本の介護が「刑務所ビジネス」で破壊される日――内田樹×堤未果

日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡される“ハゲタカ”問題を考える(1)介護ビジネス編

国民資源のストックは豊かでも、仕組みが破綻

内田 僕の見聞できる範囲だと、教育と医療はかなり危機的な状況になってきています。第一次産業の農業や林業も高齢化と後継者不足が深刻です。過疎化が進行すれば、これから先消滅する市町村も次々出て来るでしょう。でも、日本の国民資源のストックそのものは豊かなんです。そう簡単に底をつくほど浅いものじゃない。温帯モンスーンの温順な気候、きれいな大気、肥沃な土地、豊かな水資源、多様性のある動物相・植物相、国民の知的水準や遵法精神や治安の良さ、社会的なインフラの安定性……どれをとっても素晴らしいアドバンテージがあるわけです。

 ほんの20年前までだったら、日本は教育研究や医療の分野でもアジアではトップクラスだったんです。それがわずか10年ほどの間で急速に低下してしまった。でも、これだけ短期間に低下したというのは、国民の資質そのものが劣化したからではない。人間そのものはそんな短期間には変わりませんから。そうじゃなくて、資源の管理の仕方が悪かったからなんです。国民資源の本体が底をついたわけじゃなくて、それを管理し、制御する仕組みが破綻した。そのせいで、こんなことになった。だから、元に戻そうと思ったら戻せるはずなんです。

©末永裕樹/文藝春秋

 いきなり一般化して「日本はもうダメだ」という悲観論を語るのも行き過ぎだし、逆に「日本はスゴイ、世界中が日本にあこがれている」というような無根拠な楽観を語るのも行き過ぎです。実体はその中間くらいにある。ストックは潤沢にあるけれども、それを活かすシステムが機能していない。だから、システムのうまく機能していないところは補修すればいいし、うまく回っているところはそのままにしておけばいい。別にこめかみに青筋立てて激論をするような話じゃないんです。限られたリソースをどこにどう分配するのが適切なのか、それを長期的視野で考える。それだけのことです。そのためにはまず頭をクールダウンして、自分の主観をいったん「かっこに入れて」、衆知を集めて、知恵を出し合い、「日本があと50年、100年持つためにはどうしたらいいか」について意見交換をする。

 意見交換をするためには、まず事実を正確に把握する必要があります。船が沈没しようとしている時には、「もうダメだ」と座り込むのも、「ぜんぜん平気」だと空元気を出すのも、どちらも愚かなことです。船のどこにどんな穴が開いて、どれくらいダメージがあるのか、あとどれくらい持つのか。まずそれをクールに観察しなければ話が始まらない。

 僕の知り合いにカリフォルニア大学で医療経済学を教えている方がいます。医療経済学というのは、どういう医療の仕組みをつくれば、最も安いコストで、国民の健康が保持できるかを考える計量的な学問なんですけれど、医療経済学には、医学、経済学、数学、統計学、疫学、統計学、社会学など、さまざまな分野についての横断的知識が要る。それだけの学識がないと医療や保険の仕組みについての政策提案ができない。その彼が時々日本に帰国した時に話を聞くんですけれど、この間来たときに、日本の健康保険制度についての政策提言を求めて来たのに、厚労省が持っているデータを出さないと、ずいぶん怒っていました。官僚は自分たちが行ってきた政策の適否を外部から査定されたくないので、重要なデータを隠すんです。でも、そんなことを許していては、制度の適否を吟味して、改善する道筋そのものが塞がれてしまう。