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高島忠夫、病と闘い88歳で死去 妻・寿美花代が「自宅老老介護」を選んだ理由

うつ病、パーキンソ病の果てに

「来る日が来たかなぁ。あの家の思い出は一杯あるよ。奥さんが家庭に尽くしてくれて、2人の息子も立派に育った。兄貴にとって幸せな人生やったと思います」

 澄み切った表情で語るのは、6月26日、老衰のため亡くなった俳優・高島忠夫(享年88)の実弟、弘之氏。最期を看取ったのは、妻の寿美花代(87)だった。

◆ ◆ ◆

 高島家の知人が明かす。

「忠夫さんは2年ほど前から寝たきり状態でした。寿美さんも最近は体調が優れない日が多く、ヘルパーさんが毎週3人交代で世話をしていた。2人の息子も撮影の合間を縫ってお見舞いに行く日々でした。忠夫さんは昨年10月頃にも何度か救急車で搬送され、寿美さんも覚悟していたようです」

 次男の政宏(53)も昨年11月、「週刊文春」に両親の様子をこう語っていた。

「高齢なので、家でゆっくりしているというのが正直なところ。1カ月くらい前に父の足のむくみが酷く、病院に行ったらすっかりむくみも取れ、今はそうめんを食べていますよ(笑)」

 ミュージカル俳優として活躍していた忠夫が、宝塚のトップスターだった寿美と結婚したのは63年のこと。生後5カ月の長男が家政婦に殺害される不幸な事件を経て、誕生したのが政宏・政伸兄弟だ。忠夫と寿美は揃って、70年から96年まで料理番組『ごちそうさま』の司会を務めるなど“おしどり夫婦”としてお茶の間に親しまれた。

左から政宏、寿美、忠夫、政伸(06年に番組で共演)

68歳でうつ病に、レギュラー番組全て降板

 ところが――。

「忠夫は98年、68歳でうつ病と診断され、レギュラー番組を全て降板しました。高島一家はバブル絶頂期だった87年から89年にかけて都内一等地に9部屋と福岡市内に一部屋のマンションを購入していますが、00年と01年に全て売却しています。その後の生活費や治療費を捻出したのでしょう」(芸能関係者)

 以降、20年以上続く闘病生活を支えたのが、妻の寿美だった。うつ病の介護をしていた時の様子を、冒頭の弘之氏が明かす。

「僕らの母親も70代でうつになったんです。兄貴がうつ病になった2年後、その母が92歳で亡くなった。兄貴に母の死を知らせれば、うつが進行する恐れがある。だから、寿美さんは病状が回復した01年頃まで隠し通したんだよ」