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「1錠約1600円の薬が突然1錠9万円に値上げ」薬価のカラクリと投機――内田樹×堤未果

日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡される“ハゲタカ”問題を考える(3)医療編

 右肩上がりに膨れつづける医療費は、平成29年度に42.2兆円を記録した。国家予算のゆうに3割以上を社会保障費が占め、すでに国民の4人に1人が65歳以上の未曾有の超高齢化社会において、国民皆保険、医療制度の崩壊をいかにして防ぐことができるのか。知の巨人と気鋭のジャーナリストが喫緊の難問に挑む。

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内田樹さん(右)と堤未果さん(左) ©末永裕樹/文藝春秋

医療の再建をどう行うか 

内田 人口減少社会においては、国家予算の相当部分を医療費が占めることになります。ですから、医療と保険のシステムをどう設計するのかということが緊急の政策課題になる。でも、これは非常に多くのファクターが絡むので、専門的なチームが必要です。先ほど申し上げたように、これは医療経済学の仕事です。医療と経済の両方のことがわかる専門家が必要になる。アメリカは医療経済学のプロフェッサーが500人ほどいるのに対して、日本はポストが5つしかないそうです。医学、経済学、数学、疫学、統計学を横断的に一望できる研究者の数が日本では圧倒的に不足している。でも、そういう人でないと、これからの医療政策や保険制度について提言できない。

 医療と経済の問題は、まさにこれからの日本にとってとても重要な知見だと思います。つい先日名古屋に行って、皆保険と医療の未来というテーマで講演し、国民皆保険制度と薬価について触れました。例えば今年5月に保険に収載された「キムリア」という白血病の薬(CD19 CAR-T製剤)はとても高額で、前後に必要な検査費用や入院費、抗がん剤なども入れると一回4000万円を超えてしまう。製薬メーカー側は患者数はピーク時で216人という数字を出していますが、名大名誉教授で小児科医の小島勢二氏によるとそれは現時点での話で、潜在的患者数は1万人、今後拡大して行く事を懸念されていました。もちろん薬を売るほうからすると、絶対にとりっぱぐれのない国保に入りたいでしょう。保険証があれば自己負担数十万円で投与できるので患者さんたちは喜びますから政府への反対も出ない。でも本当にそれで良いのでしょうか? 国民皆保険制度があれば高い薬を出し放題という今の仕組みをよく考えてみてください。今回のキムリアのように、保険に収載すればそれが前例となりますから、海外の製薬メーカーや投資家は続々と後に続こうとしてこの市場に入ってくるでしょう。

内田 国保で高額の医薬品をどんどん認可していくと患者は喜ぶし、製薬会社も喜びます。これを禁止すると、「金がある人間だけが高額の新薬で治療を受けられ、金がない人間は死ねということか」という批判が必ずある。それはたしかに正論なんです。でも、患者と、製薬会社と、「政治的に正しい人たち」の言い分をすべて聞いていたら、国保は持たない。

 ええ、講演でもまさにその話をしたんです。そもそも4000万円という薬価ですが、じつは名古屋大学が独自に開発して今臨床研究中のCAR-T製剤は費用が100万円程で済むという。

 これを聞いた時、つくづく考えさせられました。私たち日本人は特に疑問もなく、「薬は高いもの」だと思い込まされている、と。