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【昭和史に学べ!】皇道派と戦い、フェイクニュースに殺された軍人を知っていますか?

「生きていれば、太平洋戦争にはならなかった」

2019/07/20

「昭和史の分水嶺」を尋ねられた時、日本人はどのような史実を思い浮かべるだろうか。満洲事変や真珠湾攻撃、ポツダム宣言受諾など、いろいろな回答が並ぶに違いない。

 私が挙げたいのは、昭和10(1935)年8月の「永田鉄山暗殺事件」である。卓越した頭脳と並外れた手腕から「陸軍の至宝」と呼ばれた永田が暗殺されたことにより、昭和史はその流れを大きく変えた。「永田が生きていれば、太平洋戦争にはならなかった」と言われることもあるが、そんな永田とは一体どのような人物だったのであろうか。

永田鉄山 ©文藝春秋

軍の派閥解消を断行

 永田は明治17(1884)年1月14日、長野県諏訪郡上諏訪村で生まれた。陸軍士官学校、陸軍大学校を優秀な成績で卒業した永田は、ドイツやスウェーデンなどに駐在し、当時の最先端の軍事学を研究した。

 国内に戻った永田は、国防体制の充実に尽力。同時に陸軍をより合理的なシステムにするための改革を強力に推し進めた。永田はまず、陸軍内の派閥解消を断行。当時の陸軍には山口県(旧長州藩)出身者が重要ポストの中核を占めるなど、出身地の違いによる派閥が明確に存在したが、その弊害を痛感していた永田はこの解消に努めた。

 永田の奔走により、陸軍内の藩閥は大きく減少。しかし、その後に顕在化したのは、出身地ではなく思想の違いによる新たな派閥の形成であった。