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カープはもちろん、スワローズ池山の引退試合でも……私の応援スタイル

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/08/01

 突然ですが、球場で掲げる応援ボード。選手の名前を書いたりメッセージを書いたり、いわゆる「お手製」のボードで応援する人の姿をよく見かけますが、私の場合、それをデザインするだけに留まらず、誰でもコンビニで出力して使えるようツイッター上で公開、みんなで共有しようとする変なクセ(?)があります。

 今シーズンの例では、巨人から移籍してきた長野を歓迎するためにデザインした応援ボード。コンビニ出力を可能にし、自身が観戦する時も仲間や周囲の人と共に何度も何度も掲げる。ありがたいことに中継のテレビに映ったこともあり、その映像のひとつが後日、広島ホームテレビで放送された「鯉のはなシアター」の長野特集で使われたりもしました。奇しくもこの番組は、今年「文春カープ」として共に執筆を続ける桝本壮志さんが支配人(ナビゲーター)で出演されている番組。不思議な縁を感じますね。

『鯉のはなシアター』に応援ボードが映った様子 ©広島ホームテレビ

ヤクルト・池山の引退試合と応援ボード

 私の熱意は時に球団の垣根を超え、他球団の選手にまで及ぶことも。昔のことで写真が残ってないのが残念ですが、2002年10月17日、神宮球場で、大好きだったヤクルト・池山の引退試合が行われました。カープとの試合ということで観戦に行った私は「飛ばせブンブン丸」そして「池山隆寛永遠なれ」と書いた2種類の応援ボードを作りました。もちろん、掲げるつもりで。ただ、いくら引退試合と言ってもヤクルトは敵チーム。そして自分の居場所はビジター席であるレフトスタンド。予想どおり池山の第1打席で掲げた直後、警備員の人に「申し訳ありません。お気持ちは分かりますが、そう思われていないカープファンの方もおられますのでご遠慮いただけますか?」と言われました。

 警備員の言い分は完全に正しい。やはり無理か。そう思っていた時、周囲のカープファンが「いいじゃねぇか!」「俺たちも同じ気持ちだよ!」と言ってくれたのです。驚く警備員。心を打たれた私。その空気に背中を押されるかのように、気づくと私は大声で「全打席で掲げてもよろしいでしょうか!」と無意識で叫んでいました。すると、周囲のカープファンから大きな拍手が。最終的に警備員は「皆さまがそれでよろしいなら」と認めてくれ、全5打席、中には「自分にも持たせてください」「兄ちゃん。俺も手伝うぞ」という人も現れ、セレモニーが終わる最後の最後まで掲げることができたのです。

2002年に現役引退した池山隆寛 ©文藝春秋

 なにより嬉しかったのは、引退セレモニーの終盤。ライトスタンドからレフトスタンドに足を進めた池山がそのボードに気づき、スッと指を差し、少し前に歩み寄って「ありがとう! ありがとう!」と頭を下げてくれたことです。池山の口が「ありがとう」と動いたあの瞬間、あの時間は、本当に夢のようでした。右ヒザが回らないほどボロボロになった身体で渾身のフルスイングをした池山の姿と最後の言葉。結果として双方を噛み締めることができ、改めてボードを作って良かったと思えました。