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巨人・坂本勇人に学ぶ、本当にプロフェッショナルな仕事とは?

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/08/31

 早々に仕事を切り上げ、東京ドームに向かった。コイ党の先輩と合流し、席に着いたのは18時半過ぎ。カープに1点リードされているが、まだ試合は始まったばかりだ。とりあえずビールを買おう。汗をかきながら階段を駆け上がってくる「キリン一番搾り」の売り子さんと目が合う。買っちゃおうかな、でもまだ1人目(意味不明)だしな。どちらかというとスーパードライ派だし、といろいろ考えてとりあえず様子を見る。誰から買おうと同じビールなのだが、なるべくかわいい子から買おうとしてしまう愚かな心理に我ながら悲しくなる。

 自分の名誉のために言うと、僕は売り子に不必要に絡むタイプの客ではない。本当は絡みたいけど我慢しているので、恥ずかしげもなく話しかけている同類のおじさんがうらやましいタイプのおじさんである。その後次々にいろいろな銘柄の売り子さんがやってくるが、なんとなく最初の子が一番いい気がする。でもその子はなかなか戻ってこない。もう妥協してしまおうかと焦る気持ち、乾いていく喉。これは男性野球ファンならだれもが経験したことのある「ビール売り子あるある」と言っていいだろう。だから何だ。

坂本が見せた完全無欠のパフォーマンス

 ようやく試合に集中しはじめると3回、菅野が2アウトから西川にソロを浴びる。今年の菅野は序盤手を抜きすぎている印象だ。さらに続く菊池の打球が二遊間に飛ぶ。それほど力のない打球だった。だが、それに全然追いつけない、というか最後まで追うことすらしないショート坂本の姿があった。前日の試合で途中交代を余儀なくされたことが大きく報道されていた。素人目に見ても明らかにどこか悪い。この状態なら休ませてもいいのではないか。2試合連続ゼロ封負けの直後の試合だっただけに、全力プレーができない選手を出しておくのはチームの士気に影響するのではないか。
 
 ところが、そんな心配は的外れ界のど真ん中と言えるぐらい的外れであることがすぐに判明する。5回、亀井のタイムリーで1点差とするとなお2死一塁。これは誇張ではなく、坂本が逆転2ランを打つ、と確信した(さっきは休ませた方がいいと思ったけど)。別に自分は野球を見る目がある的なことが言いたいのではない。試合の流れ、球場全体の雰囲気、ファンの期待感、そして打席に向かう坂本自身が醸し出すオーラ。総合的にみてどう考えても打ちそうだったのだ。本当にその場にいれば誰でもわかる。ビールの売り子に必死に話しかけているおじさん以外のほぼ全員が予感していたはずだ。

 すると初球から、野村ほどの投手がなぜあんなところに投げてしまうのか、とびっくりするぐらいの半速球がど真ん中に吸い込まれる。2死一塁。長打を狙っていい場面だ。明らかにホームランしか狙っていない、迷いゼロキロカロリーのフルスイング。たぶん、坂本本人も「ここはホームラン打てそうや」と思っていたに違いない。もうすべては最初から決まっていましたというぐらいの圧倒的な打球がレフト上段の看板にぶち当たる。不惑が近いのに惑い続けるおじさんが自分でお金を出して買おうとしているのになかなかありつけない一番搾り。迷いのないスーパースターには一振りで1年分が贈られる。賞金100万円も添えられて。「今年、一番完璧なホームランでした」と坂本。見ればわかりますと言わざるを得ない、完全無欠のパフォーマンスだった。

28日の広島戦で逆転2ランを放った坂本勇人