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「この女は頭がおかしい。どうにかしてください!」

 静寂の面会室、岩本は声を詰まらせ、涙を流し、嗚咽した。横の女性刑務官からポケットティッシュを手渡され、涙を拭う。記者が「大丈夫ですか」と話しかけると、岩本は「すいません」と落ち着きを取り戻した。

「相手が来たのは17時頃だったと思います。新幹線で熱海駅に着いたAさんから《着いた》とメッセージが来たので、電話をしたんです。まず、新幹線のホームにいるという彼に、『駅の近くで落ち合いたい』と伝えたのですが、Aさんは『直接行くから病院の住所を教えてほしい』と言う。それで言い合いになったのですが、らちが明かないと思い、私は切符を買って新幹線のホームまで行ったんです。

 ホームに着くと、すぐに彼を見つけました。声を掛けたのですが、また口論になりました。何を話したかはよく覚えていません。ただ、彼は口論の最中に通りかかった駅員に、『この女は頭がおかしい。どうにかしてください!』と言ったんです」

 その刹那、岩本は我を失ったという。

逃げるA氏、あとを追う岩本

 A氏は岩本を振り払うように、1人で階段を下りていった。あとを追う岩本。2人は自然と早足になった。事件直後に取材班が話を聞いた売店の女性店員は、「2人が誰かから追われているように見えた」と証言していた。

警備員らに取り押さえられる岩本和子

 改札口まで追って来たところで、岩本はA氏をカッターナイフで切り付け、さらに逃げる男性を駅ビル内の商業施設の中を追いかけ回した。だが、岩本は「そのときの記憶がないのです。後になって防犯カメラに写っていた映像を警察に見せられ、自分のしたことに呆然としました」と振り返った。

「すでに堕しているのに、その時は本気で、まだ子供を宿しているんだという気になったのを覚えています。私は、子供を産みたかったんです」

手当てを受ける被害男性。床には血痕が

 実は、事件の1週間ほど前、岩本がA氏の妻と直接向き合うという“修羅場”があったのだという。

「当時は“独身の人”の子を宿したと思っていたんです。彼とは出会って間もなかったのですが、子供の父親であると意識してから、大切な存在だと感じるようになりました」

 3月に妊娠の事実を告げ、岩本が「どうするの? 私は産みたい」と伝えると、A氏は当初、「産んでもいいよ」と答えていたという。だが、態度は急速に冷たいものになっていったという。

「避けられるようにAさんと連絡が取れなくなったのです。でも、直接ちゃんと話をしたいと思って、彼の自宅の最寄り駅まで会いに行きました」