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舛添要一の怒り「池内紀『ヒトラーの時代』に罵声を浴びせる研究者たちへ言いたいこと」

『ヒトラーの正体』著者は『ヒトラーの時代』をこう読む

2019/08/09
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 ドイツ文学の大家である池内紀氏が7月末に上梓した新刊が、思わぬ波紋を広げている。『ヒトラーの時代』、それは80歳を目前にした池内氏が、〈「ドイツ文学者」を名のるかぎり、「ヒトラーの時代」を考え、自分なりの答えを出しておくのは課せられた義務ではないのか〉とあとがきに記す通り、入魂の一冊になるはずだった。

 しかし――。発売されるや否や、ドイツ近現代史の研究者を中心に、「初歩的誤りが多すぎる」「ドイツ現代史をなめている」といったなどの非難がSNS上を飛び交った。そうした声に対し、「池内氏が伝えようとしたメッセージを、彼ら研究者たちはまったく読めていない」と怒りの声を上げるのは、ほぼ同時期に『ヒトラーの正体』を上梓した国際政治学者・舛添要一氏である。

舛添要一氏 ©佐藤亘/文藝春秋

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なぜ池内紀氏『ヒトラーの時代』が出版されたのか

 先日、私は『ヒトラーの正体』(小学館新書)を上梓した。その2週間前、池内紀氏が中公新書から、『ヒトラーの時代』を出版している。同じタイミングでヒトラーに関する書籍が出版されたということに興味を持って、購入した。
 
 池内氏の著書を読んでまず感じたのは、執筆した氏の立ち位置が私と同じだということである。氏はヒトラーやナチズムの専門研究者ではない。ドイツ文学が専門だ。ちなみに私は政界入りする前は、ヨーロッパ政治外交史を学んでいたが、専門を聞かれれば、フランス外交史と答えていた。

 それだけにドイツについての知識は、私よりも遥かに抜きん出ている。そして、自分の専門を基礎にして、当時のドイツ人がなぜヒトラーを政権に押し上げたのかを考えている。行間からは、氏の現代社会に対する危機感が読み取れた。専門外分野での執筆は勇気がいることだが、この危機感がその原動力になったのだと思えば、氏の心境はよく分かる。私が、いまヒトラーを書いたのも、まさにその理由からだったからだ。

ヒトラーの時代』(中公新書)

 ところが、池内氏の『ヒトラーの時代』に対して、ネット上では「炎上」と言えるくらいに非難、罵詈雑言のオンパレードである。しかも、それは素人からのものではなく、ドイツ近現代史の専門家たちによるものである。確かにドイツ語の翻訳などについて細かいミスがあり、これらが編集段階で発見できなかったことは残念だ。

 たとえば、ヒトラーの党、NSDAPを「国民社会主義労働者党」と訳しているが、「社会主義」と「労働者党」の間に「ドイツ」が抜けている。「ナチス」も通称と書かれているが、敵陣営による蔑称に過ぎない。また、党の機関紙名も、カタカナ表記に小さなミスがある。

 なぜドイツ文学の大家である池内氏がこのようなミスをおかしてしまったのか。池内氏の息子で、イスラム研究者の池内恵氏は、今回の件を「万年筆で書いているので今の編集者が判別できなくなった+気力体力が落ちて推敲・校正が十分にできなくなっているなど、様々な原因が考えられます。」とツイッターで述べているが、真相は分からない。校閲体制など、出版社側の問題もあるのだろう。

 私も、これまでに何十冊も出版しているが、編集者とともに何度もチェックして上梓しても、出版後に細かい誤記などがよく見つかる。拙著『ヒトラーの正体』にしても、既に誤りが指摘されている。版を重ねる際に直したいが、この本を買った人にとっては、その本がすべてである。その点は大いに反省したい。

 一方で、責任逃れをするわけではないが、人間だからミスは必ず生じる。だからこそ、親切に間違いを指摘してくれる研究者仲間や読者にはいつも感謝しているし、逆に著者のミスを見つけたときには知らせてあげることにしている。とくに研究者仲間ではそれが礼儀である。