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2019/08/09

畏怖される、30人規模の「ヒトイチ」

 本件も速やかに警察署の警務課から方面本部を経由して、警視庁本部の警務部人事一課監察係に事案の報告がなされている。警視庁人事一課監察係は「ヒトイチ」もしくは「ジンイチ」とも庁内では呼ばれており、畏怖される存在である。現職の警視庁警察官の犯罪・不祥事を把握し、厳正に調査して懲戒処分を下す。その執ような調査方法から、ヒトイチは「警察の警察」と呼ばれている。ヒトイチは4万6000人の警視庁警察官全てに睨みを利かせている。

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 ヒトイチは30人規模だ。組織としては警務部人事一課監察係という係のひとつに過ぎない。警務部参事官を兼務するキャリアの人事一課長を筆頭に、ノンキャリアのエリートの「首席監察官」が現場を統括する。実際に監察業務に当たるのは「監察官」たちだ。警視庁では警務部、総務部に優秀な人材が集まっている。一部の所属長は警察庁から出向するキャリア官僚だが、警務部・総務部に所属する警察官たちは、ノンキャリア組のエリートでもある。

 警察は年齢に関係なく階級がものを言う社会だが、とりわけ警務部・総務部に配属される人材は昇任試験を猛烈なスピードで突破していく。最短で30代半ばで「警部」に登用される者もいる。警部は本部では係長、所轄署では課長代理の役目を負い、警察内部では「上級幹部」と位置付けられている。こうした昇任試験の成績優秀者は「一発・一発組」と呼ばれ、警視庁全警察官の羨望の的でもある。ヒトイチでも一発・一発組がメンバーの大半を占めている。そして業務の特殊性から、警視庁公安部と密接に連携している。

「調査対象者に気付かれないように、行動確認や基礎調査を行う。対象を丸裸にするのは公安警察官の十八番だが、ヒトイチの監察官にも公安顔負けの捜査技術が求められるんだ」(警視庁関係者)

 実際にヒトイチには、公安部出身者が多いとされている。調査対象者は、捜査のプロであることがほとんどだ。つまり警察の手の内を知り尽くした人物を対象としなければならない。

 大掛かりな尾行を展開することもあるという。カップルや会社員に扮した、捜査員の集団が風景に溶け込みながら尾行する。上空2000メートルには警視庁航空隊のヘリコプターが対象者を監視する。都内の分室に陣取ったヒトイチの指揮官はリアルタイムで送られてくる対象者の画像を複数のモニターでチェックし、無線を通じて捜査員に指示を出す。公安仕込みのプロの技術にかかれば、警察官といえどもたやすく「丸裸」だ。

道を踏み外す3大要素は「酒、金、異性」

 酒、金、そして異性。警察官が道を踏み外す3大要素とされている。

 筆者が取材した「金」「異性」の2つのケースをご紹介したい。

 2018年2月。神奈川県内に住む50代男性が警視庁町田警察署を訪れるなり訴えた。

「封筒に入れていた28万円を落としてしまったようだ。店の中で落としたのは間違いない。誰かが盗んだんだ」

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 この事案はすぐさま拾得物を管理する町田署警務課から警視庁警務部人事一課監察係に速報された。通常ではありえない報告ルート。それには理由があった。単なる拾得物横領ではなく、現職の警視庁警察官が関わった詐欺行為だったからだった。

 町田署に男性が訴える2日前。1人の男が町田署の受付に現れた。大学生のようなまだあどけなさも残る若者だった。

「私が落とした28万円を受け取りに来ました」

 男は落としたであろう場所、金品についてよどみなく答えた。対応した警察官は男に署名捺印を求め、発見された店から署で預かっていた28万円を手渡したのだった。この男は一体何者だったのか。男の職場は町田署から十数キロ離れた杉並区高井戸にあった。

 男は地域の治安の要、警視庁高井戸警察署の地域課に所属する巡査だったのである。