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「笑っていれば何とかなる」 渋野日向子の母が語る“保健室通い”だった娘の成長

 笑顔を絶やさず、ギャラリーの声援にも気さくに応える天真爛漫なプレースタイル。ゴルフ全英女子オープンで初出場優勝の偉業を成し遂げた、世界的には無名の渋野日向子(20)を、海外メディアは、感嘆の意を込めて“スマイリング・シンデレラ”と呼んだ。

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ソフトボール部では投手だった

 ラウンド中に駄菓子を頬張る姿も印象的だった。海外メジャー初挑戦となる全英女子の出発前、記者から現地での心配事を聞かれた渋野は、真っ先に食事のことを挙げている。

「知り合いにイギリスの食事は美味しくないと聞かされたようで、『本当にどうしようか悩んじゃう。行きたくなくなっちゃった!』と笑っていました。『とにかく日本に帰って美味しいものを食べるのを楽しみに頑張ります』と。ゴルフの話は一切なかったです(笑)」(ゴルフ専門誌デスク)

“保健室通い“だった渋野をゴルフが変えた

 出身は岡山県岡山市。母の伸子さんが打ち明ける。

「小さい頃は落ち着きのないところがあり、精神統一といいますか、幼稚園の時から習字を習っていました。小学校に上がって、お友達のお父さんに誘われ、ゴルフをやってみると、飽きずにずっと楽しそうに打ち続けるので、感心したんですよね。『続けてみる?』と聞いたら『やる!』と。同じ頃にソフトボールも始めました。それまで、小学校ではよく保健室に通うような子だったんですが、ゴルフとソフトボールを始めてから少しずつ自信がついていったように思います」

 両親はともに元陸上の投擲競技選手で、3人姉妹の次女。渋野は家族の愛情に支えられ、アスリートの才能を開花させていった。

 小学校6年時の担任・徳永加世子先生が振り返る。

「暑い日も寒い日も、夕方になると、グラウンドでピッチング練習をしている渋野さん親子の姿が職員室から見えました。お父さんが忙しい時はお母さんが相手になって。もともと運動の勘がいいんでしょうね、ドッジボールも強くて、男子もコテンパンにやりこめていました。『渋野に狙われたらおしまいだ』なんて言われて(笑)」