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「(吉行さんの言葉を胸に)『化けなきゃ』と思い続けて頑張ってきた。でもよく考えると、『化ける』の正解が全く分からなかったのです。昨年に文化功労者に選ばれた時も、目標を達成できた気はしませんでした。だから私は昨日までずっと、“半化け”の状態だったと思っています。

 私を縛りつけていたこの言葉は、芥川賞からの卒業と同時に捨て去ろうと思っていました。最後に選考会場を去る時、吉行さんへの答礼のつもりで、机の上に置いてきました」

吉行淳之介さん ©文藝春秋

見城徹氏の“実売部数公表問題”の本質とは?

 小説を書くというのは、孤独な作業だ。その心の支えになるものとして、作家はそれぞれ自分の“杖”を持っているのだと高樹氏は語る。

 高樹氏にとっての杖は吉行氏の言葉だったが、それは受賞した文学賞、本の売れ部数、担当編集者からの励ましの言葉……と、作家ごとに異なっている。

芥川賞選考会場の「新喜楽」 ©文藝春秋

 その上で、高樹氏は幻冬舎の代表取締役社長・見城徹氏の言動を批判した。

 見城氏は5月16日に自身のツイッターで、作家・津原泰水氏が自社で出した小説本の実売部数を公表(現在は削除済み)。同業者から批判の声があがっていた。

「この問題の本質は、実売部数を公表するという行為の是非ではありません。作家の一番の味方であるべき出版人が、その杖を折るような行動を見せたことです。作家は、自分は才能がないかもしれない、本が売れなくなるかもしれない……という悩みを内に抱えて戦っている。出版に関わる人たちにはその心細さを理解してほしいと思います」(高樹氏)

文藝春秋9月号

 高樹氏が初めての選考会、作品の評価軸、石原慎太郎氏との衝突などを語ったインタビュー「吉行淳之介さんの言葉が支えだった」は、現在発売中の「文藝春秋」9月号に掲載されている。

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