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2019/09/09

「落選中の夫を差し置いて、妻が出しゃばっていいのか」

「今思えば、私は本当に世間知らずだったんです。だってフツー、無収入の前議員と結婚します? 大恋愛というわけではなかったんですが、話は合ったし、『政治の裏方』として生きるのもいいかなと思った」

 政界を取材していると、男女を問わず、自分の「踏み台」にできるような相手を選ぶ、強(したた)かな結婚ばかりを目にする。だが、河井は首長になる夢を諦め、あえて逆境に飛び込んだ。

 ところが、夫のお詫び行脚を続けるうちに、「自分にもできそうかな」と思うようになった。政治家という職業に対する心のハードルが下がり始めた29歳の頃、夫に「君は政治に向いている」と言われ、広島県議選に出馬。一方、夫の後援会からは反対論が上がった。

「落選中の夫を差し置いて、妻が出しゃばっていいのか」「そんな暇があったら子どもを産みなさい」

 河井は述懐する。

「一度は心が折れたんです。でも主人はブレずに背中を押した。それは浪人中だった主人の戦略上の判断でもあったと思うんです。県議から国政に打って出た叩き上げは広島では珍しくて、主人に対する県議たちからの反発も強かったので、私を県政に送りこむことで関係を改善したいと考えたのでしょう」

 河井は03年の県議初当選から約16年間、県議と代議士の妻という2足の草鞋を履いてきた。

 夫の代理で会合に出席する際は県議のバッジを外し、夫の名刺を配る。挨拶に立つ時は県議として話す時よりも声のトーンを落とす。河井はしおらしい「妻」を演じようと心がけてきた。

広島の激戦を制した河井氏 ©共同通信社

セクハラなんて相手にするのもバカバカしい

 だが、いざ「政治家の顔」で事を起こそうとすれば、すぐに矢が飛んでくる。

「一夫婦に権力が集中するのはいかがなものか!」

 県議4期、知事選で敗れた経験もある河井は「代議士の妻」が自ら前に出ようとする際にぶつかる壁について、このように語る。

「(世襲政治家とは違い)うちの場合は主人の苗字が『ブランド』じゃない。夫に対する反発をどうやって乗り越えるかが私の政治的な課題でもありました。『苗字を変えなさい』『離婚したら勝てる』とも言われ続けた。でも私、主人の苗字が大好きなんです。だって河井って、『カワイイ』って聞こえるじゃない?」

 国会議員の夫がいても、セクハラに遭うことは日常茶飯事だったという。男性県議から「子作りを教えてやろうか」と言い寄られても、「夫に教えてやって(笑)」と、受け流してきた。

 5年前、東京都議会で都議の塩村文夏に対するセクハラやじが問題になった。彼女は都議引退後、17年の衆院選で河井の夫と戦った。敗北後は東京に舞い戻り、今回、参院東京選挙区で初当選。奇しくも自分の同期となった塩村を引き合いに、河井は強調する。

「塩村さんのやり方は自立していない女の言うことで、古い。セクハラなんて、甘い、甘い。相手にするのもバカバカしい。『ハイハイ、5歳児が言ってるね』という感じでニコニコして流せば済む話で、男性議員の恐ろしさというものはもっと違うところにある。気に入らない女性を政治的、社会的に抹殺しようと、束になって潰しにかかってくる」