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中国でシリーズ2100万部以上を突破した『三体』は“謎のあるSF”だった

陸秋槎が『三体』(劉慈欣 著)を読む

2019/09/11
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『三体』(劉慈欣 著/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ 訳)

 私は主にミステリー小説を書いているが、SF作家の友人も何人かいて、SFとミステリーの関係性や組み合わせの可能性を時々彼らと議論する。組み合わせはふたつある。一つは「SFの設定を持つミステリー」、もう一つは「謎のあるSF」だ。前者はミステリーのような事件と構造に、宇宙船や近未来、タイムトラベルなどよく知られたSF要素を加える。後者は冒頭に不思議な謎を設置してSFのアイデアで謎を解く。例を挙げれば、『七回死んだ男』(西澤保彦)と『ソラリス』(S・レム)の違いだろう。もちろん、どの組み合わせか判断の難しい作品もある。I・アシモフの『鋼鉄都市』や『はだかの太陽』などだ。彼はもともとSFとミステリーを両方執筆する作家で、独自のやり方で二つのジャンルを融合した。

「謎のあるSF」で、よく見られるのは、科学者の不可解な死だ。怪奇な死や謎の自殺、これらは定番といえる。登場して死ぬ運命の科学者は、あまりにも不幸だが、読者がこのような謎に惹かれることは、誰も否定できまい。劉慈欣の『三体』シリーズは、ガチガチの「本格ミステリー」ではないが、「謎のあるSF」であることは誰もが認めるところだろう。

『三体』三部作の第一部(本書)が雑誌に連載された当初、冒頭部分は日本語版と同じく文化大革命時代の話だったが(こちらも科学者の死の話だが、謎はない)、中国で出版された初版単行本では、第七章に移されていた。変更後の冒頭は、現代の科学者が連続自殺する話だった。この変更は検閲への配慮だと言われるが、逆にミステリーとしては「謎」が強調されていた。確かに文化大革命の話はとてもインパクトがあるが、変更されたものも、古典SF小説や海外の映画を彷彿させると思う。

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 日本でも今後発売される予定の第二部(原題『三体Ⅱ:黒暗森林』)は、アシモフ『ファウンデーション』シリーズのような頭脳戦が描かれるが、本格ミステリーに負けぬ伏線回収、どんでん返しが満載だ。そして第三部(原題『三体Ⅲ:死神永生』)では、冒頭に密室・不可能犯罪が堂々と登場する。しかも舞台は滅亡寸前のビザンツ帝国だ。ちなみに、小松左京の『果しなき流れの果に』にも密室・不可能犯罪の謎があり、ほかにも『三体』シリーズとの共通点もあるとよく言われるが、残念ながらこの作品は中国では未訳であり、本書との関連はないと思われる。(この記事が「週刊文春」に掲載された後、小松左京の書は、『三体』第一部の雑誌掲載[「科幻世界」二〇〇六年五月~十二月]後、二〇〇七年四月に『無尽長河的尽頭』のタイトルで中国語版が刊行されていたとの指摘を読者より頂いた。謝して記しておきたい)

 劉慈欣の作品中、もっともミステリーらしいのは、『三体』の前日譚と言われる『球状閃電』という長編だろう。科学的原理で「幽霊」を解釈した「謎のあるSF」であり、島田荘司が提唱した「21世紀本格」とも言える奇想がある。このアイデアは『三体』第二部とのつながりもある。日本語訳が待たれる作品だ。

りゅうじきん/1963年、中国・山西省生まれ。エンジニアとして働きながら、SFを執筆。2008年に刊行をはじめた『三体』三部作は世界中に紹介され、大ヒットし、三部作で2200万部超えに。

りくしゅうさ/1988年、中国・北京市生まれ。著書に『元年春之祭』、『雪が白いとき、かつそのときに限り』(近刊)。

三体

劉 慈欣,大森 望(翻訳)

早川書房

2019年7月4日 発売

中国でシリーズ2100万部以上を突破した『三体』は“謎のあるSF”だった

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