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連載春日太一の木曜邦画劇場

現代劇でも美しさが光る雷蔵流ハードボイルド!――春日太一の木曜邦画劇場

『ある殺し屋』

2019/09/10
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1967年作品(82分)/KADOKAWA/ブルーレイ/4800円(税抜)/DVDはレンタルあり

 八月末から九月末まで、角川シネマ有楽町で市川雷蔵の特集上映が組まれている。

 雷蔵といえば、眠狂四郎などの時代劇では虚構性の強い美しいシルエットをみせる一方、『炎上』『ぼんち』などの文芸作品ではほぼノーメイクで現代人の役をリアルにみせる――といった具合に、両極端の魅力を表現してきた。

 そうした両面を利用して作られた作品がある。それが、今回取り上げる『ある殺し屋』。

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 雷蔵の役柄は、表では小料理屋を営み、裏では金で殺人を請け負う殺し屋。この主人公の表と裏の顔を、雷蔵は自身のもつギャップを使って巧みに演じている。

 小料理屋モードの時は、とにかく普通のオジサンにしか見えず、裏で殺し屋をしている不穏さや殺気は全く感じられない。メイクをとったら共演者でも気づかないような地味な雰囲気だったと言われているが、まさにその感じで、ものの見事に市井に溶け込んでいるのだ。だからこそ、正体を知られずに潜んでいるという態がハッキリと伝わる。

 殺し屋モードになると、それが一変する。たとえば、冒頭。荒んだ埋立地でボストンバッグ片手にたたずんでいるだけなのに、もうそれだけで画になっていて、ハードボイルドの世界に引き込まれる。

 そして、ターゲットに近づくと、これが今度はまた「普通のオジサン」モードに戻る。殺気を消し、気配を消し、どこにでもいそうな男を思わせる雰囲気になることで、相手との距離を自然と詰めていく。

 この、自らのオーラを自在に出し入れしながら表と裏を演じ分ける雷蔵の芝居が、ともすれば嘘八百にしか思えなくなる「殺し屋」という役柄に、リアリティある存在として説得力をもたらしていた。

 そこからの、終盤はスリリングな展開が待っているのだが、ここでの雷蔵がまたカッコいい。チームを組もうともちかけてくる若い男女(成田三樹夫、野川由美子)が、実は主人公を出し抜こうとしていたことが判明するのだが、それを全く気にすることなく簡単にかわす。その時に雷蔵のみせる大人の余裕の表情。

 ラストの悪党たちとの大乱闘でも、そうだ。墓場をバックにしているのも効果的に働いていて、ダークな背景に雷蔵のシルエットが見事にマッチ、アクションシーンに詩的な美しさをもたらしていた。

 そして、去っていく雷蔵の哀愁あふれる後ろ姿。それを成田三樹夫が惚れ惚れとした眼差しで見つめているのだが、観ている側も全く同じ気分だ。

 特集上映のスクリーンで観るもよし、新発売されたブルーレイの高画質で観るもよし。雷蔵流ハードボイルド、この機会にぜひお楽しみを。

泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと

春日 太一

文藝春秋

2018年12月12日 発売

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