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「相手は一つ年下のバンドマンで、1年の同棲を経て、挙式をすることもなくそのまま籍を入れました。ケンカをしたこともなく、とても優しい人でした。でもそのうち友達のようになっていって、夫婦としては成立しなくなってしまったんです。私が働いて生計を立てていたことも、影響したのかもしれません。結局、入籍から6年で離婚しました。彼とは今でも時々連絡をとっています。いい友人です。でも、彼との間に子供ができることはありませんでした。だからこそ……今回の妊娠は望外の喜びだったんです」

5月15日にフェイスブックに投稿されたエコー写真

 面会後に送られてきた手紙では、岩本はさらに過去へと向かい、幼少期の体験にも言及している。

《私自身が父親がいなかったことが大きかったのではないかと思います。

 A氏はもしあのまま私が産んでいたとしても、多分一生、無視していたと思います。

 途中からいなくなるならまだしも、最初から「父親のいない子」を、産むと思うと怖さと悲しさもありました。

 また父のいない子供になってしまうのか……と思うと、自分自身もやはりそれが原因で心のバランスを崩した経験があるので、勇気が出ませんでした。

 混乱もしていましたが絶望もしていました。

 絶対に幸せにしてあげられるという強さがなかったのかもしれません……もう年齢も年齢だし、女一人でどうやって、お父さんを一生知らない子を育てるんだろうと怖かったです。

 でもやはり、思い返せば、それでも産んで愛してあげれば良かったと後悔をします。

 でも今はもう、安らかに成仏してねと祈ってあげることしかできません。

 そんな自分が不甲斐ないし情けなくて自分を責める毎日です》(前掲・9月3日消印の手紙より)

2018年8月に発売されていた週刊ポストデジタル写真集「いけない旅情」。紙版が事件翌日に販売される予定だった

 面会では終始涙を流していた岩本だったが、終盤に差し掛かったとき、目に光を宿した瞬間があった。

「こんな生活ですが、最近嬉しいことがあったんですよ。他の拘置所にいる私のような罪を犯した方から、何通かお手紙が届いたんです。本当に励まされました。罪を犯して大きな十字架を背負って、生きている方もたくさんいらっしゃるんですね」

 岩本がか細い声でそう話し終えたとき、面会時間が終了した。手紙では面会では話せなかった今後のことについても綴られている。