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今の時代を小説にするということ 高村薫が語る合田雄一郎シリーズ最新作

著者は語る 『我らが少女A』(髙村薫 著)

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『我らが少女A』(髙村薫 著)

 合田雄一郎シリーズ、待望の6作目である。第1作『マークスの山』で警部補だった合田も57歳、警察大学校の教授になっている。府中の警察大学校そばの野川公園では、12年前、合田が捜査を担当した事件が起きていた。元中学校美術教師の老女の遺体が野川の辺(ほとり)で発見されたが、未解決となっていた。

「今は、大量殺人や猟奇殺人など、現実に起きる事件のほうが凄まじいでしょう。今回は、事件そのものはあまり目立たない、地味なものにしたかった。そのことによって、逆に、事件に巻き込まれた登場人物ひとりひとりの人生を際立たせていきたかった。世の中には、色々と大変な状況に置かれている人達が沢山いますが、本人たちは問題を何とか乗り越えようとして、懸命に生きています」

 小説の序盤で、上田朱美という、風俗で働く20代の女性が同棲相手に撲殺される。彼女を殺した男は、朱美が12年前の事件現場で拾った絵の具を持っていた、と供述する。当時15歳、高校1年生だった朱美は、被害者・栂野(とがの)節子の絵画教室の生徒だった。死亡した朱美は急遽、重要参考人として再捜査の対象となる。今は現場を離れている合田は、警察、遺族、加害者関係者らの三者の間を縫うように動く。

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「謎解きの話にしたくなかったので、おそらくは犯人、と思われる人物には最初に退場してもらいました。生きている朱美を警察が追うとなると、別の小説になってしまいますから」

 朱美はスーパーに勤める母と2人で暮らす少女だった。絵の才能がある、と節子に可愛がられていた。男子に回し蹴りをくらわせるなどボーイッシュな反面、性的に早熟な所があり、高校に入ると下着を男達に売って小遣い稼ぎを始めた。事件の数か月前から、絵画教室にあまり来なくなっていたらしい。

「“少女”というのは本人の性別に加え周囲の目、異性の目、社会の目でつくられていくもので、なかなかに複雑な生き物です」

 事件前後の朱美の危うい魅力とその後の幸薄い人生が、同窓生や彼女に惹かれていた男らの回想、証言で浮かび上がってくる。同時に朱美を思い出し、事件とのつながりを疑う関係者ら一人一人の生も、確かな実在感をもって読者に迫ってくる。殊にADHDの青年・浅井忍は強烈な印象を残す。事件当時、10代半ばの頃、ゲームと、ガラケーでの撮影に夢中だった彼が、仮想と現実をごちゃまぜに事件周辺の場所と人物を認知していく部分は、全篇にわたり頻繁に交わされるSNS空間での会話と共に、犯罪の真相に迫るにあたり重要な役割を担う。

髙村薫さん

「新聞小説は毎回1000字。多視点で物語を区切って差し出せば少しは読みよいのではないかと思った苦肉の策です。また私は特にゲーム好きではありませんが、今の時代を小説にする時、ゲームやSNSぬきには成立しないでしょう」

 登場人物の中で、髙村さん自身は、殺された節子の娘で看護師の栂野雪子に親近感を覚えるという。雪子は物語後半で、朱美の母・上田亜沙子と、身内を亡くした同年代の女同士、互いに思いやるような仲になっていく。

「雪子は自立した職業婦人ですが、母親とは不仲、夫との間にも愛はなかった。でも、そうしたことを何とか乗り切り、気が付けば娘は孫を産み、50代にして新たな友情のようなものも楽しめるようになった。これは彼女なりの前進だと思うんです。人にとっての幸せって、どこに転がっているか分らないものです」

たかむらかおる/1953年、大阪市生まれ。90年『黄金を抱いて翔ベ』で日本推理サスペンス大賞を受賞しデビュー。93年『マークスの山』で直木賞。2016年刊行の『土の記』は野間文芸賞、大佛次郎賞、毎日芸術賞の三冠に輝いた。

我らが少女A

髙村 薫

毎日新聞出版

2019年7月20日 発売

今の時代を小説にするということ 高村薫が語る合田雄一郎シリーズ最新作

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