メソポタミア文明が誕生した巨大湿地帯に、豪傑たちが逃げ込んで暮らした“梁山泊”があった! 辺境作家・高野秀行氏は、ティグリス川とユーフラテス川の合流地点にあるこの湿地帯(アフワール)を次なる旅の目的地と定め、混沌としたイラクの地へと向かった。
現在、「オール讀物」で連載中の「イラク水滸伝」では書き切れなかった「もう一つの物語」を写真と動画を交えて伝えていきたい。
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イラクの湿地帯には世界的にも珍しい料理がいくつも存在する。中には古代メソポタミア文明以来、数千年にわたって受け継がれてきたのではと思うものもある。知られざる湿地飯を紹介しよう。
「鯉の円盤焼き」に並ぶ国民食「ゲーマル」
イラクの国民的料理は2つある。1つは前に紹介した「鯉の円盤焼き」。そしてもう1つが「ゲーマル」と呼ばれる水牛のクリームだ。実は両方とも湿地帯の料理である。
ゲーマルは水牛の乳を一晩寝かせ、上に浮いた油脂部分をすくいあげたもの。今ではバグダードをはじめ、湿地帯以外の場所でもふつうに売られている。ただし、けっこう値段が高いので、庶民は週に一度ぐらいしか食べない。ところが、湿地帯へ行けば、毎日朝飯は必ずゲーマル。どこにでも水牛がいるので、値段がとても安い。市場やパン屋に行くと、女性が金属のお盆にのせて売っている。
ゲーマルは生クリームに似ているが、ところどころ豆腐やゼリーに似た半固形の部分があって味も濃い。中に砂糖は入れない。そのまま熱々のパンと一緒に食べてもいいし、デベス(ナツメヤシと砂糖を煮込んだシロップ)やジャムを混ぜてもいい。舌がとろけるようで、朝から食べ過ぎること必至。
湿地の中に住んでいる人の家に泊めてもらうと、朝は必ず水牛定食。といっても、水牛の肉は絶対に食べない。乳とその加工品だ。そして、そこの女性が窯で焼いた薄焼きパン。
絞りたての乳(右下)は牛乳より少しあっさりして飲みやすい。ゲーマル(下・中央)はパンにつける。チーズは発酵が浅く、とてもフレッシュ。少し酸っぱくて歯ごたえがある。
イラクの湿地帯では6000年以上前から水牛が飼われていたことがわかっている。つまりこれらは世界最古の朝定食なのかもしれない。