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“究極の照れ屋さん”西武・中村剛也から本音を引き出す方法はあるか

文春野球コラム クライマックス・シリーズ2019

2019/10/10
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「打てて良かったです」──。

 ホームランを打った後に決まって言う、この素っ気ない談話にこそ、中村剛也の魅力が凝縮されていると僕(あさりど・堀口文宏)は思っています。

 ライオンズに入団してから18年間応援し続け、テレビ埼玉の番組「LIONS CHANNEL」のMCとして2016年から取材させてもらうようになり、中村選手には二つの顔があると感じるようになりました。

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 一つは「稀代のホームランアーチスト」。もう一つが「究極の照れ屋さん」。前者は野球選手、後者は人としての魅力です。

 取材では口数の少ない中村選手ですが、ホームランを打った後、三塁側ベンチ前で出迎える選手たちと、「イエーイ!」みたいにハイタッチして喜び合っています。普段から親しんでいる人には、そういう姿を見せるんですよ。

 そこに野球選手ではない広報さんが談話をとるために入ると、「打ったのはストレートです。打てて良かったです」と、シャッターがガラガラっと閉まる。それは、照れ屋さんだからです。

 でも僕は、中村選手の扉を開ける鍵があると思っています。

「照れ屋さんの中村選手の扉をこじ開けて聞けた一言が、僕の宝物になる」という堀口氏 ©︎「LIONS CHANNEL」(テレビ埼玉)

照れ屋さんの中村選手に「自分の話」をしてもらう方法

 メットライフドームでのアーリーワーク(試合前の自主練習)中、中村選手はだいたい全選手が集まったくらいの頃、最後にビクトリーロード(バックネット裏の長い階段)を降りてきます。“よちよち”歩いてくるというか、“右、左、右、左”と交互に足に重心を移しながら、長い階段をゆーっくり降りてくる。

 その姿を見ていると、“朝、起きるのが辛くて、学校に行くのを駄々こねている小学5年生が歩いてきているような感じ”に僕には見えるんです。

 中村選手は照れ屋さんだから、階段を降りてくるときに、ちょっとアピールしているような気もするんですね。「中村剛也、降りてきていまーす」って。

 でも、グラウンドに入ると空気感が少し変わります。小学5年生の顔はなくなっています。

 僕が話を聞きに行くのは、そのタイミングです。「この人、本当はおしゃべりをしたいはずだ」って思いながら、近づいていきます。そうじゃなかったら、“よちよち”じゃなくて、“スー”って階段を降りてグラウンドに来るはずですから。

 だいたい一人で三塁側ベンチの少し向こう、カメラマン席の前あたりのファウルゾーンにドーンと座ります。その隣に行き、「ちょっとよろしいですか、中村さん。聞きたいことがあるんです」と言うと、必ず「ダメ」と返されます。

「ダメですか。3分だけならいいですか?」「いや、ダメって言っているじゃないですか」。2回目の「ダメ」を聞いたとき、僕の中では「OK」だと思っています。本当にダメな人は、「本当に、今日はちょっと……」と言うじゃないですか。

 おそらく、中村選手は「自分の話」をすることに照れちゃうんだと思うんですよ。「あのときの満塁ホームランは?」と聞くと、ガッチャンと鍵が閉まる。だからまず、アイドリングが必要です。自分の作戦を言うのはイヤらしいんですけどね……(苦笑)。

「究極の照れ屋さん」の中村剛也 6copy;文藝春秋

「中村さん、最近珍しいトレーニング器具を使っていますよね。あれって何ですか?」

 まずは野球と違う話で、お茶を濁します。

「これ、ヒースが使っていたから、それを僕も買って使っているんですよ。すごく気持ちよくて」

 筋膜をほぐして、硬くさせないための器具だそうです。筋肉が硬くなると肉離れをしやすくなるので、ほぐして柔らかくして、筋肉がちゃんと稼働してくれるようにするための器具だ、と。

 その日は、それだけ聞いて終わり。ホームランについて聞きたい気持ちをグッと抑えて、家に帰ってその器具について調べると、6万8000円もしました!

“結構、乗ってきている。よし、そろそろだ”

「中村さん、あの器具、買えないですよ、6万8000円もしますから!」

 翌日、同じタイミングで中村選手に話しかけました。

「何言っているの。あさりどの給料なら買えるでしょ?」

「いやいや、買えるわけないですよ。そもそも僕、お小遣い制だから、無理ですよ」

「貯め込んでいるでしょ?」

 ニヤッとそう言われた時点で、“結構、乗ってきている。よし、そろそろだ”と思って話を続けます。

「そういう器具で筋肉をほぐしていくと、バッティングにもつながっていくんですよね?」

 第二段階、バッティングの話に移行しました。

「うーん……別に俺、腿の方だから。バッティングでも下半身を使うと言えば、使うけど……」

 少し、言葉が硬くなってきました。まずい、まずい、柔らかいうちに聞かないと。

「ちなみに中村さん、今まで満塁本塁打を結構打っていますけど、そのうち狙ったのは何本くらいあるんですか?」

「一応、全部狙いました」

 来たあっ! 答えてくれた! 一番聞きたかった話! しかも全部なのかい! 

 僕としては、「全部は狙っていないけど、これとこれは狙っていました。それでうまく入った」という答えを想像していました。それが全部狙っていたとしたら、本当に愚問だった。稀代のホームランアーチストに対して、ですよ。

「大変失礼しました。ちなみにですけど、今シーズンのヤクルト戦で打ったホームランは最初から狙っていたんですか?」

 6月14日、メットライフドームでのヤクルト戦。7対1でリードした4回1死満塁、相手ピッチャーはブキャナン。

「満塁の場面が来て、カウント的にも相手ピッチャーは投げる球がなくなってきて、おそらくこの球に狙いを定めれば行けるかなと。状況もすべて整ったと思ったので、狙いました」

 その答えを聞けて、嬉しかったなあ。僕みたいに、記者ではない人間に、そこまで話してくれるとは思わなかったですから。

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