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飲食店の経営者からスタッフの「お母さん」へ 清掃で美容と健康を保つアラカン美女

東日本環境アクセスのプロフェッショナルたち #9

2019/10/30

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 JR東日本のグループ会社「東日本環境アクセス」は、首都圏を中心とした駅や駅ビルの清潔感を保つ「清掃等のプロ」が約3700人働いていて、特に駅隣接のオフィスや商業施設が入った高層ビルでは、女性社員も多く活躍している。クリーンさと快適さに目を光らせる清掃のプロフェッショナルの中には、意外な経歴の持ち主がいた。

吉原さんは、スタッフみんなの「お母さん」的存在

 JR東日本池袋駅に隣接する高層ビルで、清掃クルーとして働く吉原生子(よしはらせいこ)さん(60歳)。紆余曲折の人生を経て「清掃が好き」という自分の原点に立ち戻り、45歳で清掃のプロフェッショナルを目指して人生を再スタートさせた。

 佐賀県の農家に生まれ育った吉原さん。もともと、裁縫や料理、掃除が大好きという良妻賢母の鑑のような素質の持ち主だった。

 親戚が経営する縫製工場で働いていた時に、「東京はたくさんお金が稼げるらしい」と友人に聞き、「魔が差した」という。当時、東京に知りあいは誰もいなかったが、「行けばきっと何とかなる。飲食店だと寮もあるらしい」と聞いて、22歳の時に家出同然で単身上京した。

どんな汚れもたちまち綺麗にしてしまう「魔法の手」

 大塚の飲食店に飛び込み営業をしたという吉原さん。人柄と熱心さを買われ、翌日から働かせてもらうことになった。「何軒か掛け持ちバイトをして必死でお金を貯めました」(吉原さん)

 吉原さんは働きながら人脈と信用を築き上げ、やがて「店を閉める」という飲食店のオーナーから譲り受けた飲食店の経営者として辣腕をふるうまでになる。

 5年間経営者として店を繁盛させたが、ITバブル崩壊による不況の影響や、実父にがんが見つかったことなどから、店を閉めて佐賀へ戻ると、介護ヘルパーの資格を取って実父の介護に備えた。

周囲を明るくする吉原生子さんの笑顔

 いい治療や周囲のサポートに恵まれたこともあり、実父の容態が安定したので、吉原さんはまた東京に戻ることになった。

 最初は、せっかく取得した介護の資格を生かした仕事を探したが、なかなか見つからなかったという。そんな時、友人から「掃除好きだから、掃除の仕事をすればいいんじゃない」と言われ、「そうか、いつもやっていて楽しい掃除を仕事にすればいいんだ」と気がついた。

カーペット掃除の相棒「スイーパー」

 今年の夏に池袋駅ビル事業所に異動してきた島本所長は、吉原さんのことを「非常にフットワークがいい」と評価する。「誰も気がつかないような汚れを見つけて綺麗にしては、『ここも綺麗になりました!』と報告してくれるんです。本当に、頼りになる逸材です」

東日本環境アクセスの島本池袋駅ビル事業所長