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パパはヒーロー! 愛娘を“虫”から守る、害虫駆除のプロフェッショナル

東日本環境アクセスのプロフェッショナルたち #10

2019/11/27

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 JR東日本のグループ会社「東日本環境アクセス」には、首都圏を中心とした駅や駅ビルの清潔感を保つ「清掃等のプロ」が約3700人働いている。清掃の中で最も過酷な環境に置かれているのが、防虫防鼠(ぼうちゅうぼうそ)・高所清掃を専門に行うメンテナンスサービス事業所だ。人々の快適と安全のために、日夜危険を顧みず頑張っているヒーロー・ヒロインが活躍している。

「害虫駆除の仕事を通じて、虫に詳しくなりました」

焼鳥屋で修業のバンドマンが選んだ新天地

 爽やかな甘いマスクで業務契約を取りつける営業担当の松井猛さん(35歳)。パリッとしたスーツに身を包み、やわらかな物腰と人懐こい笑顔で相手を納得させる素質は、天性の営業パーソンともいえる。しかし、そんな彼のルーツはゴキブリやネズミといった「害虫駆除」にあった。

外回り営業だけでなくオフィスワークもこなす松井さん

 若い頃はバンドマンだったという松井さん。当時、焼鳥屋で働いていた松井さんにとって、夢は「いつか自分の店を持つこと」だった。六本木や自由が丘の人気店で修業を積んだが、27歳で結婚すると、将来についてふと「このままでいいのか」と考えるようになった。

 安定性を求めて通信OA機器の会社に転職したが、好きな仕事ではない上に、給料は完全出来高制という条件。「安定性」という一番の目的も果たせず、やる気を失っていた時、東日本環境アクセスのメンテナンスサービス事業所で働いていた知人から、「自分の部署の防虫防鼠部門で人材を募集している」という話を聞いた。

未経験・異業種の壁を超える

「祖母の家が千葉県の田舎にあり、裏が林だったので、夏休みはよく虫を捕りに行っていました。カブトムシの幼虫なんか、かわいくて大好きでした」

 そんな昆虫少年だった松井さんにとって、子どもの頃から虫は身近な存在。害虫は焼鳥屋時代もよく目にしていたし、「虫」だからと苦手意識を持つよりも、「JR東日本のグループ会社」という安定感と「知人が働いている」という安心感に大きな魅力を感じた。すぐに紹介してもらい、東日本環境アクセスへの入社を果たした。

ユニフォームを着用して現場応援に駆けつける

 防虫防鼠の経験はまったくなかった松井さん。同じ時期に入った同僚は経験者だったため、みんなの期待はそちらに向いていた。未経験の松井さんに対しては、「無理なら辞めればいい」と、期待もされない状況。そんな扱いに奮起した松井さんは、「絶対に同僚を超えてやる」という一念で、業界専門用語や取扱い薬品などを必死に勉強したという。さらに仲間とのコミュニケーションも積極的に取るように心がけていると、次第に周囲の松井さんを見る目が変わってきた。

「もともといい方が多い職場だったので、そこからは、すごく居心地のいい場所になりました」

メンテナンスサービス事業所時代にお世話になった笠井所長(左)と、泉チーフ(右)は、今でもよき相談相手