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人口12人の限界集落で起きた殺人放火事件「つけびの村」 犯人が膨らませた妄想とは

『つけびの村』(高橋ユキ)より

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 事件ノンフィクション『つけびの村――噂が5人を殺したのか?』(晶文社)が、世間と出版業界を騒がせている。

「ノンフィクションの金字塔!」(春日太一さん)。

「犯人は『集落の村人から“村八分”にされていたのではないか』との疑いを抱えながら、著者は現地を繰り返し訪問。起きたことを隅々まで体感し直そうとする地道な姿勢が、事件を再度揺さぶった」(武田砂鉄さん/「朝日新聞」書評より)。

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通常の事件ノンフィクションとは逆のやり方で核心に迫った

『つけびの村――噂が5人を殺したのか?』(晶文社)

 2013年7月、山口県周南市の限界集落で突如、その事件は起こった。わずか12人の住民のうち、一夜にして5人が殺害され、うち2軒の家が燃やされたのだ。この『山口連続殺人放火事件』で逮捕されたのは、同じ集落に住んでいた保見光成(当時63)だった。その後、保見は非現住建造物等放火と殺人の罪で起訴され、今年8月、最高裁の上告棄却により確定死刑囚となった。

「この本が注目されている理由のひとつには、犯人の保見光成が妄想性障害の症状を呈しているため、犯人の告白をただちに“真相”と結びつけられないという点があろうかと思います。その上で、読者からの反響としては、一般的なジャーナリストなら『モノにならない』と諦めるであろうプロの一線を越えておこなわれた、著者の高橋ユキさんの執念への共感も強く感じられます」

 晶文社の担当編集者、江坂祐輔さんはそう分析する。

「核心を取り出すのではなく、丁寧に外堀を埋めてゆく。通常の事件ノンフィクションとは逆のやり方で、核心部分を浮かび上がらせる手法は、高橋さんが“限界集落”という場所と、生き残った村人たちのもとへ何度も通い、聞き取りを繰り返さなければ、成功しなかったのではないでしょうか」

「私は無実です」

 犯人の保見は、逮捕当時こそ「殺害して、その後、火をつけた。私がやりました」と語っていたが、のちに主張を一転させ、一審の山口地裁の初公判罪状認否において「私は無実です」と犯行そのものを否認するようになっていた。しかし、二度にわたって行われた精神鑑定で、保見は犯行当時「妄想性障害」であると結論づけられ、判決もこれを支持した。

 この事件の取材を始めたのは、被疑者が逮捕されたどころか、地裁および高裁で死刑判決が下された後だったと、著者の高橋ユキさんは語る。

「初めてその集落に入ったのは、事件が最高裁に係属していた2017年1月です。保見は『両親が他界した2004年頃から、近隣住民が自分のうわさや挑発行為、嫌がらせをしているという思い込みを持つようになった』と判決で認定されている状況でした」