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一つになれるか抗争か 72歳の若頭出所で「山口組」はどうなる?

 10月18日午前6時前、山口組ナンバー2の高山清司若頭(72)が約5年ぶりに府中刑務所を出所した。

「高山氏を乗せたワゴン車が向かった品川駅には、若頭補佐の竹内照明氏ら山口組幹部が出迎え、警戒を強めた警察当局も多数の捜査員を配備。暴力団捜査を担う警視庁の組織犯罪対策三課長、組対四課長や組対部の参事官まで姿をみせていました」(社会部記者)

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 首にコルセットを巻き、杖をついて現れた高山氏は新幹線のグリーン車で、出身母体である山口組二次団体「弘道会」がある名古屋を目指した。

「名古屋市内で散髪を済ませた後、弘道会の傘下組織で放免祝いが行なわれ、六代目の司忍組長も姿を見せました。高山氏の今後の住まいなどの拠点は、弘道会と近いリゾート開発業者が用意するものとみられています」(警察関係者)

出所した高山若頭

 収監前の高山氏は徹底した組織の締め付けで、山口組を束ねてきた。“直参”と呼ばれる二次団体の組長を神戸の山口組本部や名古屋に当番制で縛り付け、上納金の他にペットボトルの水や歯ブラシなどの日用品の購入を強制。自ら主催する賭け麻雀でもカネを吸い上げたとされるが、その反動は高山氏の収監後、一気に噴き出すことになるのだ。

「山口組が創設100年を迎えた2015年の8月、組織運営に反発した元若頭補佐の井上邦雄氏ら13団体の組長が離脱し、『神戸山口組』を結成。さらに17年4月には神戸山口組を離脱した幹部らが『任侠山口組』を設立し、三つ巴の抗争が続いているのです」(前出・社会部記者)