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人口1000人!それでも元気いっぱい! 小さな村の大きな挑戦

日本で最も美しい村 岡山・新庄村をゆく。

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岡山空港から高速道路を使って車で約90分。米子空港からは約80分。岡山県の西北端。鳥取県との県境にある山あいの小さな村、それが今回ご紹介する岡山県新庄村だ。美しい山と川、そしてきれいな空気。豊かな自然に恵まれた里山の風景は、日本の原風景だ。かつては山陰と山陽を結ぶ出雲街道の宿場町として栄えた新庄村も、現在では人口1000人弱。岡山県内の市町村では最も小さな自治体だ。しかし、1872(明治5)年の村制施行以来、一度も合併することなく、自主自立の道を歩んできた新庄人のチャレンジング・スピリッツは、多くの人を惹きつけている。Small is Beautiful!

新庄村・小倉村長、大いに語る。

村の長として、活性化の陣頭指揮をとる小倉博俊村長。子孫に美しいふるさとを残すために、いま何をすべきか。村のこれまでの歩みと将来のビジョンを語ってもらった。

がいせん桜通りに立つ新庄村・小倉博俊村長
がいせん桜通りに立つ新庄村・小倉博俊村長

 村長に初当選したのは1990(平成2)年。その後しばらくすると「平成の大合併」の話が出てきました。国のほうからは、合併協議会の設置とかいろいろな段取りが示されたわけですが、最終的に、今回の合併に乗るのはやめよう、と決断しました。当時のことを思い出すと、今でも胃が痛みます。アメとムチでさんざん責められましたからね(笑)。

 1872(明治5)年の村制施行以来、合併話は何度もありました。でも先人たちは艱難辛苦を乗り越えて、自主自立の村づくりに邁進してきました。その松明の火は絶対に受け継ぐべきだ、という強い思いがあったんです。新庄村ならではの新機軸を打ち出して、みんなで頑張っていこう。「ピンチはチャンスだ」とみんなに説いてまわりました。

1906(明治39)年、日露戦争の戦勝を記念して街道の両脇に137本の桜が植えられた。それが新庄村のシンボル・がいせん桜だ。春には見事な花のトンネルとなる。
1906(明治39)年、日露戦争の戦勝を記念して街道の両脇に137本の桜が植えられた。それが新庄村のシンボル・がいせん桜だ。春には見事な花のトンネルとなる。

 2002(平成14)年には「小さくても自主自立をめざす新庄村宣言」を発表し、翌年「新庄村村民一家族のむらづくり基本条例」をつくりました。村長の責務、職員の責務、そして村民の責務を盛り込んで、みんなで責任をもって、持続可能な村づくりをしていこうと、条例でうたったわけです。

緑豊かな山に囲まれた新庄村。毛無山には森林セラピーロードが設けられ、散策が楽しめる
緑豊かな山に囲まれた新庄村。毛無山には森林セラピーロードが設けられ、散策が楽しめる

 今年7月、築100年の古民家(須貝邸)をリノベーションして、宿泊施設としてオープンさせました。新庄村は出雲街道の宿場町としての歴史があり、町並みにも風情があります。この風情を活かすべく、イタリア発祥の「アルベルゴ・ディフーゾ」(日本語で分散型ホテルという意味)の考え方を取り入れました。ひとつのホテルの中ですべて完結するのではなく、通りにある他の古民家と連携をとりながら町並みをつくっていこうというものです。須貝邸を拠点にして、村内で生産されたみそや豆腐を使ったレストラン、甘酒カフェ、パン屋さんなど、大きな商いにはなりませんが、くらしを活かした小さな商いはできます。いのちといのちの交歓を深めていけば、結果的に経済的な効果に結びついていくのです。大切なものを大事に育てる。それは小さい村だからこそできることです。そして、それがあったからこそ、これまで合併もせずやってこれたのです。村では常に“いのちの豊かさ”を基本に置いてきました。今後高齢化に伴って空き家が増えていけば、伝統料理を受け継ぐ食育プラザ、子育て交流スペース、或いは役場機能の一部を移すことなども考えられます。小さい村というのはお互い見守るという安心感があるので、災害があったとしても、住んでいてとても心強いのです。これも豊かさのひとつだと考えられないでしょうか?

愛宕山から見た新庄村の全景。建物に使われている石州瓦の赤が北イタリアの風景を思わせる
愛宕山から見た新庄村の全景。建物に使われている石州瓦の赤が北イタリアの風景を思わせる
豊かな水に恵まれた新庄村。不動滝も観光スポットのひとつ
豊かな水に恵まれた新庄村。不動滝も観光スポットのひとつ

 新庄村の特産品に、ブランドもち米「ひめのもち」があります。次世代に誇れる村をつくるために、第1次産業を強化しようと、適地適作と言われてきた「ひめのもち」のブランド化、6次産業化にいち早く取り組んできました。次に考えているのは、0(ゼロ)次産業です。新庄村は岡山三大河川のひとつ、旭川の源流域です。最初の一滴はここから、つまりゼロなんです。源流でとれる農産物であるとか、“源”であるということが、これから価値化されてくると思うんです。新庄村にはそういうゼロがたくさんあります。これは磨いていけば、きっと村の宝物になると確信しています。

豊富で良質な水と寒暖の差が「ひめのもち」栽培に適していた。のどかな秋の稲刈り風景
豊富で良質な水と寒暖の差が「ひめのもち」栽培に適していた。のどかな秋の稲刈り風景

 先人が残したがいせん桜通りは100年を超えても、まだ我々に様々なメッセージを発信し続けてくれています。このメッセージを受け止め、さらに魅力を付け加えながら持続可能な村づくりを目指していきたいと考えているところです。未来をつくるには、挑戦を続けるしかありません。来年の春、満開のがいせん桜を見に来られたなら、ぜひ新庄村の取り組みにも注目していただきたいと思います。