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ポスト安倍レース最有力のはずが……走れない岸田文雄氏に麻生太郎氏が接近

早大、旧長銀、父の秘書を経て政界入り ©共同通信社

「本来なら圧倒的に先頭を走っていなければいけないんだけどなあ」(安倍首相に近い自民重鎮議員)。ポスト安倍レースを走る岸田文雄政調会長(62)のことだ。

 首相の意中の後継候補が岸田氏なのはもはや永田町の常識。最大派閥(97人)の細田派を率いる首相の後ろ盾があるだけでも、圧倒的に有利なはずだ。加えて有力ライバルの菅義偉官房長官は失速。自らに近い菅原一秀、河井克行両大臣のW辞任で「令和おじさん」の勢いは削がれた。本来、「次はやっぱり岸田さん」との声が高まりそうなものだが、そんな気配は微塵もない。

 永田町の空気は霞が関にも伝播する。大学入試への英語民間試験の導入延期を萩生田光一文科相が発表した11月1日朝、岸田氏は番記者に怒りをぶちまけた。「政調会長の私に、事前に何の報告もなかった」。実力政治家への根回しは官僚の基本動作。与党幹部で「次期首相」最右翼ならば、根回しされるのは当然のはずなのだが……。

 そもそも岸田氏には以前から重みがなかった。伝統派閥の宏池会を古賀誠元幹事長から譲り受けた時のこと。岸田氏を領袖に指名した理由を若手議員が尋ねたところ、古賀氏は一言、「岸田さんは、私の存在を超えないからね」と吐露した。

 昨年の総裁選での立候補を一時期、模索した岸田氏。派の中堅議員が政策を練り、「理解しやすいように」とA4用紙2枚程度にまとめて渡したが、岸田氏は「難しくて頭に入らない」。中堅は「まじか」と頭を抱えた。