捕物帖の主人公に多いのは町奉行、与力、同心、岡っ引きなどで、つまりこれらが今の警察官――と思ってませんか? でも実際はもうちょっと複雑。当時の町奉行所は今でいう警察・裁判所・市役所をひとまとめにした合同庁舎みたいなもので、決して捕物だけしてるわけじゃないんです。
ものすごくざっくり説明すると、町奉行ってのがいちばん偉い人。その下に各部署ごとに実務担当者として与力がいる。与力の下に同心が何人かつくわけで、与力が課長で同心がヒラ役人ってとこかな。ここまでが公務員。岡っ引きってのは同心が個人的に雇っているバイトくんだ。
捕物をするのは同心の中でも「定町廻り」と呼ばれる役職で、これが今の警察。彼らの補佐をする「臨時廻り」と、公安に近い「隠密廻り」の三つを「三廻り」と言って同心の花形とされてたそうな。花形があるってことは、それ以外の仕事もあるわけで、これが実に面白い。
例えば藤井邦夫「養生所見廻り同心 神代新吾事件覚」シリーズ(文春文庫)の主人公は、タイトル通り養生所見廻り同心という役職。どんな役目かというと、小石川養生所で「病人部屋の見廻り、鍵の管理、薬煎への立会い、賄所の管理、物品購入の吟味など」をするという、びっくりするほど事務仕事なんだよね。
小石川養生所は貧乏な人でも治療や入院ができるよう幕府が作った無料の官営病院で、内科、外科、眼科があった。個人病院じゃなく幕府の施設だから、役人が管理しなくちゃいけないわけだ。町奉行所は警察署・裁判所・市役所の合同庁舎と冒頭に書いたけど、養生所見廻り同心はさしずめ市役所の健康福祉課の役人といったところかな。