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《顔面にM16連射》山口組抗争激化のキーマン“超武闘派“高山清司若頭の素顔

ノンフィクションライター・溝口敦氏インタビュー

2019/11/30

source : 週刊文春デジタル

genre : ニュース, 社会

 ところが、いまは暴力団員の不当行為を規制する暴力団対策法、各都道府県の暴力団排除条例などが生まれて取り締まりが厳しくなり、どの暴力団も資金繰りに苦労している状況です。そんな環境の中で、それまでと同じように下部組織からお金を吸い上げていては、上が潤っても下は困窮してしまう。いまの山口組は、この新たな環境に対応できないでいるのです。新しい形の暴力団のあり方が打ち出せていない。それこそが、山口組分裂騒動の本質です。

 ただ、この新しいビジョンというのが非常に難しい。たとえば、任侠山口組の織田絆誠組長は、暴力団員にしては珍しく論理的に物事を考えるタイプで、新しい試みを進めようとしている。実際、任侠山口組の上納金は六代目山口組や神戸山口組と比べても圧倒的に安く、ヤクザの置かれた状況を理解している人物とされます。

 その彼が掲げる最終目標は「脱・反社」。外国人不良グループを街から排除し、「半グレ」に特殊詐欺をやめさせ、さらには、テロ対策として裏社会の情報網を使って治安維持で社会に貢献することで、存在意義を示したいとしています。いわば「私設警備団」ですが、当然ながら警察権力がそういう活動を許さないでしょう。

山口組総本部の出入り口に「使用制限」の文書を掲示する兵庫県警の捜査員 ©共同通信社

山口組が再結集できない理由

 髙山が出所したことで、山口組が再び一つになるのではないかと“楽観論”も聞かれますが、私はそう簡単な話ではないと思います。そう考えるのには、いくつか理由があります。

 1つ目は、仲裁者が存在しないことです。過去の暴力団の抗争には、外の組が仲裁に入って手打ちをさせたものですが、いまや暴力団員の2人に1人が山口組という状況ですから、規模が大きくなりすぎて他組のトップが仲裁人や調停者になりにくいのです。

 となると、もう自分たちでなんとかするしかありませんが、お互いの妥協点がない。神戸山口組や任侠山口組が六代目山口組に戻る条件は、要するに「行政改革」しかありません。仲裁者もおらず解決策もないなかで、弘道会がどこで折れるか、その弘道会に対して他の組がどこで折れるか――というチキンレースになっている。落とし所は、長年取材してきた私にも見えません。