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連載昭和の35大事件

東条英機の側近が「黙れ!」の一喝――恐怖の「国家総動員法」審議中に巻き起こった騒動とは

強気一辺倒の同調圧力で生まれた悲劇のはじまり

2019/12/09

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ライフ, 歴史, 社会, メディア

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解説:「黙れ!」国家総動員法はどう生まれたのか

 安倍晋三首相の政権も約7年。一定以上の内閣支持率を維持して「一強」といわれる半面、最近の「桜を見る会」問題のように、野党や一部メディアからの批判も根強い。

 自民党内での批判派の急先鋒・村上誠一郎元内閣府特命担当相は昨年9月の雑誌「月刊日本」で「国家総動員法の時代が来る」と題してこう述べた。「安倍政権は2013年以降、特定秘密保護法、国家公務員法改正、集団的自衛権の解釈改憲、共謀罪法を次々と強行しました。これらの法律を一つのパッケージとして見ると、戦前の治安維持法や国家総動員法のような機能を果しているようです。日本の民主主義が危機に瀕しているということです」。自民党が決定している「改憲4項目」のうちの緊急事態条項についても「国家総動員法のような全権委任法だ」という批判がある。

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「国家総動員法」とは何なのか

 安倍政権の評価は別にして、ここでいわれている国家総動員法とは何なのか。

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 本論でのテーマは、その法律の制定過程の国会で起き、波紋を広げた不規則発言を、当の本人が約17年後に回顧した内容。日中全面戦争が泥沼化し、アメリカとの対立が深刻化する中、二・二六事件以降、軍部の専横が目立つ時代風潮を象徴する出来事とされた。一体彼はどんな人物で、発言はどんな意味を持っていたのだろう。ちなみに、安倍首相も、国会で野党議員に不規則発言を繰り返して問題になった。その点も81年前の出来事と共通するかもしれない。

支那派遣軍総参謀副長時代(陸軍中将)=「佐藤賢了の証言」より

 国家総動員法案は企画院と軍部の合議で作られ、1938年2月、第1次近衛(文麿)内閣が提出した。

 全部で50条から成り、第1条で「本法において国家総動員とは、戦時(戦争に準ずべき事変の場合を含む)に際し、国防目的達成のため、国の全力を最も有効に発揮せしめるよう、人的及び物的資源を統制するをいう」と規定。第2条で「総動員物資」として兵器、艦艇、弾薬から被服、食糧、医薬品、船舶、航空機、車両、燃料、電力など、あらゆるものを挙げている。第4条では「政府は戦時に際し、国家総動員上必要あるときは、勅令の定めるところにより、帝国臣民を徴用して総動員業務に従事せしめること」ができるとした。国会審議抜きで直ちに統制を発動できる権限を政府に与える法律。久保田晃・桐村英一郎「昭和経済六〇年」はその権限を次のようにまとめ、「あらゆる経済活動に対する統制の権限を政府に『白紙委任』した」と解説している。

(1)国民を徴用し、総動員業務に当たらせる(労働統制)
(2)物資の生産、修理、配給などについて命令し、輸出入を制限・禁止する(物資統制)
(3)会社の設立や増資、合併を制限し、利益処分を命令したり、金融機関の資金運用にも介入する(企業・金融統制)
(4)モノの値段、運賃、保管料、保険料も命令する(価格統制)
(5)出版物の掲載を制限・禁止する(言論統制)

 当時の状況を勘案しても、なかなかすごい法案だ。元老の西園寺公望も「これは憲法無視の法案だから(議会を)通らない方がいい」と語っていたという。