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連載歴史・時代小説の歩き方

2015/12/05

genre : エンタメ, 読書

登場人物の変化を見守る楽しみ

 主要人物は伊三次とお文だけではない。伊三次が仕える同心・不破家にもドラマがある。伊三次と不破が大げんかをして決裂したこともある。シリーズが進む中、伊三次とお文は所帯を持ち、伊三次が弟子をとったり、長男・伊与太が生まれたり。不破家にも娘が生まれたり、不破家の長男・龍之進が父とともに奉行所に出仕するようになったりと、彼らをとりまく環境はどんどん変わっていく。

 これがたまらない。伊与太なんて、第8作『我、言挙げす』ではまだ小さくて、お文のあとを「おかしゃん」と言いながら追い回していた。とてつもなく可愛かった。空を見上げて「おかしゃん、ほし、きれえね」とかって言うんだぞ、萌え死ぬだろ。それが最新作では十代も後半で絵師になる修業をしている。読者はまさに「生まれたときから知っている」ので、あの小さかった子が! と、まるで親戚のおばちゃんのような気持ちで彼らを見てしまうのである。

 遺作となった『竈河岸』の表題作では、不破の小者を長年務めてきた増蔵が、足腰の衰えを理由に十手を返上する。シリーズ初期から登場していた増蔵は、当初36歳。それが本編では「還暦までは何とか踏ん張ろうと思っていたんだが」と言いながら、引退する。

 そんな増蔵の話を聞いて伊三次が「おれが御用を退くのも時間の問題のような気がしますよ」と漏らす。第1作では25歳だった伊三次も、いつの間にか40代。短気はなりを潜め、すっかりいいお父さんだ。でも、読者も同じだけ歳をとっている。彼らと同じ時間を過ごしている。家族が、親戚が、ご近所さんが、一緒に時を重ねるのと同じように、読者と彼らは一緒に時を重ねていく。だから離れられないのだ。見届けたいのだ。

我、言挙げす―髪結い伊三次捕物余話(文春文庫)

宇江佐真理 (著)

文藝春秋
2011年03月10日発売

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