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「人類は宇宙へ行くべきか?」日本の宇宙活動の幕開けにEVAを担った飛行士の問い

『宇宙から帰ってきた日本人 日本人宇宙飛行士全12人の証言』土井隆雄さん

2019/12/14
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 1990年、日本人が初めて宇宙に飛び立ってから約30年。1997年に日本人として初めてEVAを行なった土井隆雄が宇宙空間で見た「無限」とその「畏怖」について。

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宇宙で見た光景の「意味」を考える宇宙飛行士がいた

 自らが宇宙で見た光景の「意味」を、現在も考え続けている日本人宇宙飛行士がいる。土井隆雄――宇宙開発事業団(NASDA)の第1回宇宙飛行士選抜試験で毛利衛、向井千秋とともに宇宙飛行士に選ばれた一人である。現在、土井は京都大学の「宇宙総合学研究ユニット」の特定教授を務めており、私は2017年12月に彼の話を聞く機会を得た。

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 彼は1997年11月にスペースシャトル・コロンビア号に搭乗し、1度目のミッションに向かった。そのとき、日本人として初めて船外活動(EVA)を行なった彼の宇宙体験は、結果的に日本人宇宙飛行士だけではなく、宇宙開発史全体のなかでも稀なものとなった。

 コロンビア号は地球を約90分で1周するため、2時間半の間に土井は地球の朝と夜を2度ずつ見た。そのとき彼の心に生じたのは次のような感覚だった。

「待ち時間の間にただただ地球を眺めていると、それがすごくあたたかく感じられたんです。下の方で地球がダーッとパノラマになって流れていました。青く、白く輝いている。大気層から飛び出してくる青い光は太陽光の反射ではなく、大気の分子自体が青く発光している散乱によるものです。それが素晴らしい。その美しさへの感動が、次第にあたたかみへと変わっていったのです」

EVA中の宇宙飛行士(出典:宇宙飛行士アレックス・グレストのTwitterより/https://mobile.twitter.com/Astro_Alex/status/1073151965364961281

 だが、そのように光り輝く地球は夜明けから45分後、夕方の影が地球をみるみる覆い始めると、今度は深い闇のなかに消えていった。

 貨物室は明るく照らされているため、闇に星は見えなかった。土井は最後の光が地球の端に吸い込まれるように消えたとき、宇宙空間から地球そのものが失われてしまったように感じた。

「そうすると非常に寂しくなる。振り返っても宇宙に見えるのは無限の闇だけです。そして、それは一種の畏怖、怖さを感じさせる闇なんです。地球が徐々に失われ、あとは暗黒の宇宙が永遠に広がっている。無限というものを直接、この目で見た、という感覚がありました」

「宇宙が私たちを呼んでいるように感じた」

 土井は宇宙から帰還した後、感想を聞かれて「宇宙が私たちを呼んでいるように感じた」と語った。それは船外活動時の体験となにか関係があるのかもしれない。

 「自分が宇宙のなかに存在しているという不思議さと、地球のあたたかさが僕のなかにまずあった。自分の唯一の故郷である地球と、無限の宇宙を交互に見たときの、あの『何とも言いようのない感じ』。その感覚を言葉に置き換えるとしたら、人間とは地球だけの存在ではなく、その外の世界に広がっていく可能性を持つ存在だ、という表現が最も近い気がしたんです。

 ただ、当時の僕には確かな解は得られなかった。以来、『あの感覚はいったい何だったのだろう』という思いを、僕はずっと持ち続けてきました。宇宙空間を見たときの畏怖と、一方での無限への憧れ。地球のあたたかさへの感動。それらがミックスされて混沌としている複雑な感情があった、ということですね。船外活動中に宇宙を見つめていたとき、自分が抱いた思いがいったい何であったのか。

 その意味で僕はこの20年間、その問いに対する答えを、ずっと考え続けてきたと言ってもいいのかもしれません」