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ひらパーの着ぐるみは頭をガンガン、ダンスもキレッキレ

「ひらパーは、時間管理が他のテーマパークに比べてとにかく杜撰なんです。ショーが終わってからほとんど休憩もなく、急いで着替えて閉園のお見送りのグリーティングに行かされる。他のテーマパークでは夏場のグリーティング時間が半減され、15分になったりするのですが、ひらパーはどんなに暑くてもきっちり30分やらされます。

 着ぐるみに入る以外の仕事も多く、ハードな上に時給が安いことが業界では有名です。私が働いていた当時の時給は900円以下で、大阪府の最低賃金でした(※現在大阪府での最低賃金は936円、ひらかたパークは最低時給940円)。年に何回か昇給のチャンスはありましたが、それも10円程。それでも夢だったステージに立つために皆必死に働きました」(A子さん)

数年前に「ひらかたパーク」で着ぐるみに入っていたA子さん(30代) ©文藝春秋

 パークのショーは通常土日のみの開催とされており、全員が出勤している土日の閉演後、園内を使ってショーのリハーサルをするのが通例となっているという。山口さんが死亡した日も8月から始まるショーのリハーサルが行われていた。

「当時からリハーサルは、キャスティング権限を持つB氏という男性社員が見て、次回のショーに出演できるメンバーを選定するというシステムでした。パークの着ぐるみパフォーマンスは、表現力よりも、とにかく頭をガンガン動かしたり、ダンスもキレッキレに踊るのが良しとされる風潮がありました。

 夜間のリハーサルでは、日中働いてどんなに疲れていたとしても、みんな必死にキレッキレに動いてアピールするのが常識になっていました。そんな雰囲気ですから、体調に異変を感じてもすぐに言い出せるような環境ではありません」(A子さん)

「リハーサル中でも部外者に素顔をさらすのは禁止」

 現場責任者のB氏は絶対的な権力を握っていたという。

「エンターテイメント部はB氏を含めて社員は2人のみで、他のスタッフ30人は皆アルバイト。B氏は昔ながらの職人気質なんです。赤字だったエンターテイメント部門をテコ入れして、ゼロから人気ショーをつくった実力者ですが、何かと根性論で推し進める。体育会系で、しょっちゅう厳しい声が飛び、パワハラまがいのこともあった。山口さんもB氏の期待に応えようと、体調が悪い中で必死だったんだと思います」(同前)

 別の告発者であるC子さん(20代)は2年ほど前、1シーズンほど同部署で働いた。

「山口さんが着ていた『トランプ』はとても大きくて、女の子が2人くらいいても持てないような重さ。1人での着脱は無理です。B氏も着る人がいないときは自身が代打で入ることもありましたが、終わった後、ゼーゼーと息が上がっていました。

 体調が悪い状態で入るのは自殺行為です。水分を摂るよう上からよく言われていましたが、着ぐるみは一度着ると脱ぐことができず、トイレにも行けないため、たくさんは飲めないんです。たとえ、閉演後のリハーサル中でも部外者に素顔をさらすことは絶対に禁止とされています」(C子さん)