昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2019/12/10


 だが、好事魔多しである。2002年に3行のシステム統合で不具合が生じ、大規模なシステム障害に見舞われたのだ。同時に竹中平蔵金融担当相(当時)による金融再生プログラムに基づく不良債権処理に苦しむ。銀行による貸しはがしが社会的な批判を受ける中、過小資本に陥ったみずほは2003年に1兆円増資に打って出て危機を脱した。みずほフィナンシャルグループ元役員は「前田氏の社長時代はまさにみずほ激動の時代。よく切り抜けたと思う」と振り返る。

金融庁からの業務改善命令の発動を受け、記者会見する前田晃伸みずほホールディングス社長(当時、中央)。左は工藤正みずほ銀行頭取(当時)、右は斎藤宏みずほコーポレート銀行頭取(当時) ©時事通信社

社長室に暖房も入れずに耐えている

 前田氏は2005年に全国銀行協会の会長を務め、2009年にみずほフィナンシャルグループ会長、翌10年に特別顧問に退いたが、いまだに語り草になっているのは、その勤務態度だ。

 関係者によると「前田氏は社長になっても誰よりも早く出社するのが常で、冬でも暗い中で暖房も入れず、ダウンのような厚い衣服に身を包んで堪えている」というのだ。そのストイックさは筋金入りで、「私生活も質素で、ゴルフもやらず、趣味は休日の庭いじり。社長時代も千葉県船橋市の築30年のマイホームに住んでいた」(関係者)ほどだ。

 その前田氏が最も喜んだのが、2011年の国家公安委員会委員に就いた時だった。「父親が弁護士であったことから、親孝行ができ非常に嬉しいと周囲に語っていた」(前出・みずほフィナンシャルグループ元役員)という。

NHK会長には九州人が多い

 逆境に耐えるストイックさと九州人の気骨が前田氏をNHK会長に導いたとも言えよう。事実、NHK会長には九州人が数多く就いている。現上田会長、その前の籾井勝人氏、福地茂雄氏も九州人だ。また前田氏を強く推した石原委員長もJR九州相談役で、福岡県に在住している。

 前田氏は2008年にNHKの経営委員に推されたことがあるが、国会同意人事で、当時の民主党政権下で否決された過去がある。11年を経て「会長就任」という形でそのリベンジが果たされたことになる。

この記事の写真(3枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー