昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2019/12/11

 驚くことに、アニメはこの物語を時系列通りに放送するのではなく、話数の順番をシャッフルする形式で放送したのだ。しかも第1話として放送された「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」は、ハルヒたちが制作した自主映画そのままで、本編のストーリーとは直接は関係ない内容だった。こうしたしかけはあっという間に話題になった。

『ハルヒ』が話題になったのはそれだけではない。SOS団のメンバーが踊るエンディングテーマは、その丁寧な“ハルヒダンス”としてまたたく間に話題になった。動画共有サイトには「踊ってみた」と題してハルヒダンスを再現した動画が多数アップされることになり、ブームを加速させる役割を果たした。また、アニメ表現的には、第12話「ライブ・アライブ」で描かれたバンド演奏シーンの影響も大きかった。精密に描かれた楽器、実際の演奏と同じように動く指や体。非常に難度の高い内容がきっちりと描かれており、本作以降、アニメにおける楽器演奏シーンは大きな見せ場のひとつとなって、各制作会社も力を入れるようになっていく。

 

『涼宮ハルヒの憂鬱』販売元:KADOKAW 角川書店

正規雇用がクオリティを支えた

 どうして京都アニメーションでは、楽器演奏のような手間のかかる難しいシーンを巧みに表現できるのか。それは京都アニメーションという会社の体制と深い関係がある。

 そもそもアニメーション産業は労働集約型産業だ。アニメーションの制作費の大半は人件費ともいわれるように、大勢の人間が大量の絵を描くことでアニメーション産業は成立している。

 にも関わらず日本のアニメ業界は、歴史的経緯もあって、フリーランスを中心とした産業として成立している。そのため作品ごとにスタッフを集め、終わったら解散するという作り方が基本になっている。このスタイルは会社の経営リスクが低い、スタッフはやりたい作品を選んで働くことができる、といったメリットがある。

 一方でいくつかのデメリットもある。まず第一に、新人育成が手薄になりがちである。入社したばかりの新人に費用や時間をかけて教育を施しても、フリーになられてしまえば会社の損になってしまう。こうして新人教育に力を入れるインセンティブが弱くなる。またフリーアニメーターは基本的に「原画1カット」「動画1枚」を基準にした単価で仕事をしている。この単価は、描くものの複雑さによってそれほど変わらない、だから手間のかかるカットになると、ギャランティと見合わないということで引き受ける人がいなくなってしまうのだ。だから普通は最初から、カット内容が難しくなりすぎないように演出家が考えることが多い。

京都アニメーションの作品ポスター ©時事通信社

 京都アニメーションは業界の大勢とは逆に、スタッフを正規雇用する道を選んだ。フリーが多い東京と違い、地方にはフリーのアニメーターはそれほど存在しない。だから作品を安定的に制作したければ、自力でアニメーターを確保する必要があったのだ。そして、社員であれば新人育成もしやすいし、月給制だからこそ、出来高制では割に合わない仕事も労をいとわず担当できる。これが同社のクオリティを支えることになった。

 フリーランスのクリエイターが周囲にいないという地方のスタジオのデメリットを、社員化というハイリスクな手段でプラスに転化したのが同社ということができる。

 この時、新人育成で大きな役割を果たしたのがアニメーター・演出の木上益治である。1980年代から実力派アニメーターとして知られ『AKIRA』などに参加していた木上はその後、京都アニメーションに参加し、技術的支柱として同社を支えることになる。1992年に木上が監督した『呪いのワンピース』(原作:内田春菊)は、技術的水準が高く、京都アニメーションの初期の傑作として名前を挙げる人も多い。こうして木上の薫陶を受け、少しずつアニメーターの層が厚くなっていき、それが2000年代に花開くことになる。