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連載歴史・時代小説の歩き方

2016/11/19

genre : エンタメ, 読書

「我らはここに死ににきた」

 同じ場面でもこれほど作品によって見せ方が変わるのが小説の面白いところだが、どの小説も、そしてドラマも、これだけは同じように描かれている。又兵衛が大坂城に入った理由――「死に場所を見つけるため」だ。

 矢野隆『生きる故』で、軍議の場で毛利勝永がこう言う。「我等はここに死にに来たのですぞ」「負けるつもりなど毛頭ござらん。(中略)が、死にたくないと思うておる者もここにはおらぬ」と。そして又兵衛は「勝つための戦でなくてもいいのだ。 大名が誰一人従わぬ豊臣家とともに死んでやる。それもまた報恩ではないか」と考えている。

 この『生きる故』のテーマはここだ。『生きる故』にはもうひとり、主人公がいる。架空の人物で、飢(かつ)という乱暴者の少年だ。ひょんなことから又兵衛に気に入られた飢は、又兵衛のもとで、そして真田丸で敵と対する。だが飢は常に、生きるために戦う。死ぬために戦う又兵衛との対比が、この物語の中で「生」の意味を浮かび上がらせる。

 これまでこのコラムで『真田丸』と併せて読むと面白い小説を何度か紹介してきたが、大坂五人衆については、毛利勝永なら前回紹介した中路啓太『獅子は死せず』(中公文庫)を、後藤又兵衛ならこの矢野隆『生きる故』を勧めたい。また、風野真知雄『後藤又兵衛』には、黒田長政との確執が生まれた時代から描かれている。

 付け足しのようで申し訳ないが、長宗我部盛親なら司馬遼太郎『戦雲の夢』(文藝春秋『司馬遼太郎全集18』)がある。決してかっこよくない、上に立つ器量もない盛親(ごめん)が、夏の陣の長瀬川の決戦で大活躍する。まるで彼の人生は、その一日のためだけにあったかのように。

 大坂の陣を描いた小説はどれも、五人衆の死で幕を閉じる。なのにどこか清々しく感じるのは、どの話も、彼らが納得して死に花を咲かせたように見えるからかもしれない。

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