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「いつ死んでもいいんだ」梅宮辰夫さんが晩年、涙で口にした盟友・松方弘樹、山城新伍との別れ

最後の自伝「不良役者」担当編集者が明かす秘話

source : 週刊文春デジタル

genre : エンタメ, 芸能

〈アンナに苦労させられて大変じゃなかったかって?
 そんなのとっくに忘れたよ(笑)。そりゃあ、金銭的な尻ぬぐいもしたし、芸能マスコミからあいつを守るために俺が矢面に立つ場面は何度もあった。でも、それをするのが父親だろ。古いと思うかもしれないけど、俺は昭和のオヤジだから〉

 12月12日、慢性腎不全のため、俳優の梅宮辰夫さんが亡くなった。享年81。

梅宮辰夫さん ©時事通信社

 映画「仁義なき戦い」など多くのヒット作に出演した梅宮さん。その俳優生活の総決算として、亡くなる直前まで携わっていたのが、12月18日に発売される新刊「不良役者 梅宮辰夫が語る伝説の銀幕俳優破天荒譚」(双葉社)の編集作業だった。

 この新刊では、共演した昭和の銀幕スターとの交友譚や、愛する家族への思いが綴られている。冒頭で紹介したのは、娘のアンナさん(47)と、当時タレントだった羽賀研二被告(58、強制執行妨害目的財産損壊罪などで公判中)との交際をめぐるエピソードだ。担当編集の長坂肇氏が振り返る。

「梅宮さんの口から羽賀さんの名前が出たことは一度もなかった」

「不良役者 梅宮辰夫が語る伝説の銀幕俳優破天荒譚」(梅宮辰夫著、双葉社刊)

「約90回に渡った週刊誌の連載中も、単行本の編集中も、梅宮さんの口から一度も羽賀さんの名前が出たことはなかったです。怒りというのはなかったですね。本文に名前が出てこないのは削除したわけではありません。娘のことで、終わったことだから……という思いもあったのかもしれません。アンナさんの話になるとやさしい表情になり、『心配で死ねない』と話していましたから」

 梅宮さんを悩ませた、アンナさんと羽賀被告との交際。梅宮さんは、この交際に当初から猛反対していたが、羽賀被告が反論会見を開いて「誠意」という台詞を連発。翌95年3月には、アンナさんと羽賀被告の恋人同士が脱いだ前代未聞のヌード写真集「アンナ 愛の日記」(新潮社)も大きな話題となった。その後の経緯についても梅宮さんは綴っている。
 
〈ただ、アンナが5年にわたるすったもんだの末に男との交際にピリオドを打ち、さらにその2年後、別な男性と結婚したときはホッとした。長女の百々果も生まれたし、ようやく梅宮家にも春が来たと思ったよ。
 ところが結婚生活が続いたのはわずか2年。(略)相変わらず男を見る目がないんだよなぁ〉

アンナさんが成人式の際の1枚(「不良役者 梅宮辰夫が語る伝説の銀幕俳優破天荒譚」より。故人ご提供)
羽賀研二被告 ©共同通信社