昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載歴史・時代小説の歩き方

2016/09/03

genre : エンタメ, 読書

歴史の中で役割を与えられた現代人たち

『君の名残を』は3人の高校生がその時代の中で自分に課せられた役割をどう果たすかという話だが、六冬和生『松本城、起つ』(早川書房)も同じだ。男子大学生・巾上と女子高生・千曲が松本城の倒壊(!)に巻き込まれ、気づくと貞享年間に飛ばされていたという話。巾上は鈴木伊織という藩士として、千曲は松本城に祀られている二十六夜神としての役割を与えられ、過去を生きることになる。

 ベースにあるのは、1686年に松本で起きた百姓一揆・貞享騒動だ。その一揆は失敗し多数の死者を出すことを知っている巾上は、年貢減免を強訴する農民たちをなんとか止めようとするが……。二重三重に仕掛けられたSF設定の凝りようにも驚かされるし、歴史が変わらないことは承知で農民たちを救おうとする巾上・千曲に胸熱この上ない。

 だが何よりまず、そんな事件があったのかというところに驚く。この物語を読むまで、貞享騒動なんてまったく知らなかった。明治時代、松本城の天守は老朽化のため傾いていたそうだが、それは貞享騒動のリーダーで磔刑にされた多田加助の怨念という伝説があるのだそうだ。その伝説も物語に実にうまく取り込まれている。これはSFという設定でなければ書き得なかった歴史小説と言っていい。

 昔の人の苦しみを現代と重ねて描く『小袖日記』、現代は昔の人の努力と犠牲の上にあると語る『松本城、起つ』。これらはSF設定かどうかにかかわらず、歴史小説というジャンルが伝えようとしているテーマに他ならない。

 むぅ、取り上げたい作品が多くて1回ではとても書ききれない。他にSF歴史ミステリとしての楽しみ方もあるし、ラベンダー以外にタイムスリップを起こすものは何なのかについても書きたいので、後編に続く!

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー