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――名古屋など、奥様以外の女性関係はありますか?

「それは、関係はゼロでございます」

――キャバクラなど女性がいるお店に行かれて、領収書などを奥さんに渡したことはないですか?

「母ですね。会社として、母が領収書の精算をしてくれる。お母さん違いだと思います。そういったところに連れて行ってもらうこともあり、コミュニケーションのうちだと僕は思っている。僕自身も勘違いしていることがあって、そこで仕事がもらえるという風に思っていたこともあった。なので、そこはもっと深く考えないといけなかったのですけど、それも(大島と)考え方が違うんだなあと」

――ホテルの領収書の宛名が女性だったのはなぜ?

「それ……まあ……すいません今、隣に母がいるんですけど、見ていないから分からないと言っています」

小塚の父「(夜遊びは)そんなことどうでもいいんですよ」

 小塚の父、嗣彦氏にも話を聞いた。

「私は別居の原因は、東京の保育園に通わせたいからだと聞いていた。小さな子供がいるんだから、世間一般、常識として(離婚は)通らない。私のまわりではそういうことがないから。(小塚の夜遊びは)そんなことどうでもいいんですよ、私に言わせれば。どっちにつくっていう問題じゃなくて、小塚崇彦と小塚由香里の子供ですよ。だから、子供にとってそれが一番幸せじゃないでしょうか」

小塚の父・嗣彦氏

 前出の大島の友人は、こう嘆息する。

「由香里は自分の気持ちを理解されることなく、夜遊びを続ける小塚さんの態度、当たり前に子供は小塚家のものだと思っている態度に呆れ果てている。『もう娘をスケートに触れさせたくない』と。小塚家との溝は深まるばかりで、離婚も決意しているようです」

 大島本人に小塚のモラハラについて電話で直撃すると、少し間があった後、「娘とがんばって生きていきます」と答えるのみだった。

 かつては愛し合ったが、今は失意の涙にくれる妻。小塚は大島の“キス・アンド・クライ”の日々を、どう思っているのだろうか。

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