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藤沢周平さんの口癖だった「ふつうが一番」。でも、それが一番むずかしい──松たか子×遠藤展子

藤沢周平さんの口癖だった「ふつうが一番」。でも、それが一番むずかしい──松たか子×遠藤展子

祝・橋田賞受賞! 一人娘が明かすドラマ原作『藤沢周平 父の周辺』とっておき秘話

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『藤沢周平 父の周辺』(遠藤展子 著)

 日本人の心や人のふれあいを温かくとりあげた番組や人を顕彰する橋田賞。昨年放映されたドラマ『ふつうが一番~作家・藤沢周平 父の一言~』(TBS)が第25回橋田賞を受賞、5月10日に授賞式が行われます。

 原作は藤沢周平さんの長女でエッセイストの遠藤展子さんが綴った『藤沢周平 父の周辺』(文春文庫)、『父・藤沢周平との暮し』(新潮文庫)。藤沢さんを東山紀之さん、その妻を松たか子さんが演じて温かな感動を呼びました。

 もともとプロデューサーの石井ふく子さんが『藤沢周平 父の周辺』を読んでとことん惚れこみ、ドラマ化を企画。「どうしても東山さんと松さんに演じてもらいたい」と松さんの産休の関係などもあり、実現まで3年待ち続けたというほど思い入れの強い作品です。

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 今年没後20年を迎えてなお多くの読者に愛され続ける藤沢周平さん。その人気の秘密は「父がいつも言っていた」(展子さん)という「ふつうが一番」という言葉にありそうです。生まれてすぐに実のお母さんを病気で亡くされた展子さん。ドラマの中で小さな「展子ちゃん」の育ての母を演じた松たか子さんと語り合う、いつの時代も変わらない「家族のかたち」そして「父と娘の関係」とは──。橋田賞受賞を祝して、ドラマ放映時に行われた対談を再録します。

◆ ◆ ◆

遠藤 今日はお目にかかれてうれしいです。『藤沢周平 父の周辺』は、1997年に父が亡くなって、その哀しみがまだ癒えていない頃に、父の担当編集者だった方からのアドバイスをいただきながら、一生懸命書いたものなんです。

 刊行してから10年経って、まさかドラマになるなんて、夢にも思いませんでした。

 私は2004年に、藤沢さん原作の映画「隠し剣 鬼の爪」に出させていただいたんです。今度は、その作品を書いた人に着目したドラマに出る、というのがとても新鮮でしたね。

遠藤 プロデューサーの石井ふく子さんが「ドラマにしたい」と言ってくださったのが3年前。石井さんは昔、東芝日曜劇場で4本、父の作品をドラマにしてくれていて、直接父と会ってもいるんです。

 しかも父(藤沢周平=小菅留治)を東山紀之さん、母(小菅和子)を松さんが演じてくださる。お二人とも父の映画に出て下さっていたから、本当に不思議な縁を感じました。

 東山さんとの共演は、今回がはじめてなんです。緊張する一方で、すごくワクワクもして。撮影現場も本当に、終始なごやかでしたね。

遠藤 85歳になる母は、配役のことを話していたのですが、ピンときていなかったようで。この前テレビの宣伝で見て、はじめて「本当に松さんがやるのね」と。ちゃんと言っていたんですけどね。

 とまどいつつも、すごく喜んでくれています。

 よかった(笑)。

 最後の方の撮影で、留治さんが直木賞受賞の知らせを聞いて、「外の空気吸ってくる」と家を出て、喜びを噛みしめるように橋の上に佇んでいるシーンがあったんです。私、それを見ながら、ああ、本当に幸せだなぁと感動してしまって……。

 台詞も少ない、何気ないようなシーンでしたが、印象的な場面でした。

遠藤 うちは私が生まれてすぐに、実の母が病気で亡くなって。5歳のときに、父がいまの母と再婚したんです。それ以来、母は原稿の誤字脱字をチェックしたり編集者の応対をしたり、仕事でも家庭でも父のことをずっと支えてきた。直木賞受賞は、母にとっても本当にうれしかった出来事だったと思います。

『オール讀物』の取材で。撮影がイヤだった展子さんは家に帰らずに友達と遊んでいたところを強制連行。でも本番はしっかりこの笑顔! ©文藝春秋

 松さんが役の上でも、そういうふうに感じてくださったの、すごくうれしいです。

 でも、実在の人物を演じる、しかも突然5歳の子の親になるって、難しかったんじゃないですか。

 演じるまえに、まず、「展子ちゃん」を生んだ、最初の奥様のことを、頭の隅に置いたんですね。なぜかは分からないけれど、自然にそうしていた。

 それから、あんまり“いい奥さん”をやらないようにしよう、ちぐはぐなところがあっても、結果として家族に見えてくればいい、と思いましたね。

遠藤 私は生んでくれた母はもちろんだけれど、育ててくれたいまの母にも、すごく感謝してるんです。反抗期もあって、結構バトルもしたし。

 小学2年生の私がお母さんと喧嘩して、家を出て行ってしまい、父と母が近所をさんざん探し回っても見つからず、困り果てて家に帰ってきたら、外で泣き声がして、あわてて雨戸をあけると、縁側に私が座っていたという場面、あれは本当のことなんです。でもそういうことって、私が心から母に甘えていたから出来たんだなぁと、思いますね。

 どちらの母も大切な存在。だから松さんが亡くなった母のことも考えて、演じてくださった、といま聞いて、またまたうれしくなりました。

 和子さんを“いい奥さん”として演じようと思えばできてしまうんですが、それで本当にいいのかな、と。我慢が足りなくて、ときどきいらいらしたり、爆発しちゃったり……そういうのを繰り返して、留治さん・展子ちゃんとだんだん家族になっていく。そういうドラマなんじゃないかなぁと、思ったんです。

原作者の遠藤展子さんと主演の松たか子さん