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連載歴史・時代小説の歩き方

2015/07/04

genre : エンタメ, 読書

隊士の妻たち、恋人たち

 北原亞以子『埋もれ火』(文春文庫)は、幕末を駆けた男たちの妻や思い人を主人公にした短編集である。中でも近藤勇の妻ツネを描いた「武士の妻」がいい。百姓の出で町道場の主に過ぎなかったはずの夫が家を出て帰ってこず、武士になったと思ったら罪人になり、斬首。自死して勇の後を追った妾・おさわは「武士の妻らしい立派な最期」と褒められた。

「ツネは、町道場の主に嫁いできたのである。その道場主が、新選組局長となり、幕臣となってしまったのだ。ツネは、いったいどうすればよかったのだろう。/『おさわさんが自害したから、わたしもそうせよだなんて』/わたしは、町道場の主の女房だった」

 たまったもんじゃない。たとえば自分の夫を殺した松原忠司に、そうとは知らずほだされるお茂代(司馬遼太郎「壬生狂言の夜」・講談社文庫『アームストロング砲』所収)。山南敬助に夢だけ見させられて勝手に切腹された遊女・明里(徳永真一郎「新選組異聞 悲恋の明里」・徳間文庫『江戸妖女伝』所収)。正式に結婚したのに鳥羽伏見で負けたら妻子を残して江戸へ行ってしまった原田左之助の妻・まさ(池波正太郎「ごろんぼ左之助」・文春文庫『剣客群像』所収)。やたらと感動話に仕立てられるが、彼女たちにしてみれば「はあ?」と言うしかない話ばかりだ。

 そんな中でほっと一息つけるのが、沖田総司と医者の娘の恋愛以前のエピソード。たぶんにフィクションではあるが、斬った張ったのない、純粋に思うだけの恋の話は、実は新選組には珍しい。沖田側から書いた司馬遼太郎「沖田総司の恋」(『新選組血風録』角川文庫)と、町医者の娘視点の森満喜子「千鳥」(『沖田総司哀歌』新人物往来社)を合わせて読むと興味深い。ただし、話自体はまったく別の物語である。

 元治元年6月5日、今の暦なら7月8日。池田屋の主、池田屋惣兵衛は長州に肩入れしたとして捕らえられ、獄死した。池田屋の女将は、大声でこう叫びたかったにちがいない。「よそでやれ!」

剣客群像 (文春文庫) 文庫

池波 正太郎 (著)

文藝春秋
2009年03月10日発売

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