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相模原殺傷事件・植松聖被告 背中一面の刺青、「障害者ぶっ殺す」と発言していた過去

source : 週刊文春 2016年8月4日号

genre : ニュース, 社会

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、入所者ら45人殺傷した事件で、殺人罪などに問われた元職員・植松聖被告(29)の裁判員裁判の初公判が1月8日、横浜地裁で行われた。公判で「みなさまに深くおわびいたします」と口にした植松被告は、突然顔に手を当て、うめき声を上げて激しく暴れ出し、床に倒れた状態で刑務官に取り押さえられたという――。

 同級生や近隣住民に話を聞き、植松被告の人物像に迫った「週刊文春」2016年8月4日号の記事を公開する。なお、記事中の年齢や日付、肩書き等は掲載時のまま。

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「植松は犯行前日、現場の『津久井やまゆり園』の下見をしている。犯行は7月26日の午前2時半頃だが、その直前まで六本木にいたことも確認した。遊んでいたのか、凶器を調達していたのか、目的は定かでない」(神奈川県警関係者)

女性にはモテたという植松被告

 相模原の19人殺害。犯人の植松聖(26)は相模原市で小学校教師の父と母の間に生まれ、地元中学校を卒業後、八王子市内の私立高校の調理科に入学した。当時の同級生が明かす。

「料理人になりたくて調理科に入ったんだけど、当時の趣味は相模湖を原付で走ること。バスケ部に入っていて、ある日、部活の仲間をぶん殴っちゃって停学を食らっていました。当時は校内の同級生と付き合っていた。はっちゃけキャラだったのでモテていました」

教師への道をあきらめ、職を転々

 高校卒業後、大学に進学。小学校の教職課程を履修したが、採用には至らなかったという。小中学校時代からの地元の先輩が明かす。

「さとっち(植松のあだ名)は、昔から目立つグループにいたけど、大学卒業して1年が彼の転機だった。刺青を入れたのもその時期。レゲエやヒップホップが好きで、地元のクラブにもよく顔を出していて当時からアッパー系の脱法ハーブを吸ってた。タバコは手製の巻きタバコでした」

 教師への道を諦め、自動販売機の設置業者、デリヘルの運転手などの職を転々とした後、12年12月、同施設で働き始めた。

「やりがいを持っていたのは入社1、2年くらいで、その後は『障害者が言うことを聞かない。相手するのは疲れる』と愚痴ばっかりだった。2年前くらいから何かおかしくなった。『革命を起こしたい』とか『支配者になりたい』と言い出したり。格闘技をやり始めたのもこの頃。エヴァンゲリオンにハマって映画に行って感銘を受けてました。フリーメーソンにも興味を持っていたらしく、『ピースにするにはどうすれば良いか』とか、哲学を語ることもあった」(同前)