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高木ブーが語る 運転免許返納の「特典」

2017/06/06
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 娘に言われたんだ。

「最近、高齢者の自動車事故のニュースが多いよね。わが家の前は、小学校の通学路。今まで子供たちを楽しませる仕事をしてきたお父さんがもしもの事故を起こしたら……。そうなってからじゃ遅いよ。運転免許証を自主返納するのはどう?」って。

 遠出はしないけど、銀行に行ったり、買い物に行ったり、ちょくちょく運転していたから少し悩んだ。でも、免許の有効期限が来年までで、それ以降はもう更新しなくて良いかな、と前から考えてはいた。もう84歳だしね。ということで、娘の一言をきっかけに俺は返納を決意したんだ。

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 思えば俺はかなりの車好きだった。若い頃は「芸能人はベンツだろ」って思っていたし、直近に乗っていたのもスマートというドイツ車。実は、左ハンドル以外の車を何十年も運転してないんだ。

 免許返上宣言をした後、テレビ番組で「高木ブー、ラスト運転」のような企画をやったんだけど、局が用意した車は右ハンドル。慣れないから壁に擦りそうになっちゃったよ。しかし、最近の車は性能が良いね。ブレーキやアクセルは効くし、運転もしやすい。これなら俺もまだまだイケるなって思ったけど、返すって宣言していたから後の祭り。気づくのが少し遅かったよ。

 3月にドリフの4人で長さん(いかりや長介)が死んだ翌年以来、12年ぶりにコントをやったんだ。その時も免許返納の話題になったのよ。

(加藤)茶は、まだ免許は持っているものの、運転することは諦めてもう乗らないらしい。仲本(工事)は……まだまだ運転するだろうな。アイツは運動神経が良いから。

 3月末に自宅最寄りの新宿署に免許を返納しに行った翌日、大がかりな俺のための免許返上セレモニーがあって、ニュースにもなってしまった。都知事やら警視総監やら警視庁の音楽隊やら(俺は彼らとウクレレでセッションしたんだけど)が来て、何で俺なんかの免許返上がこんな大袈裟なイベントになっているんだって思ったよ。

警視庁交通安全イベントに参加した高木ブーさん ©共同通信社

 それまでは知らなかったんだけど、免許証を返納すると、その替わりに「運転経歴証明書」というものが貰える。身分証が無くなると困るからね。見た目は免許証そのもの。だから返す時に警察署で新しい証明写真も撮影したんだ。

 もっと驚いたのは、免許を返上することで受けられる特典の多さ。銀行の金利優遇。デパートで買い物後の配送料無料。ボウリング場の割引。本当にたくさんの特典がある。更新しないでただ免許が失効していたら受けられない特典だから早めに自主返納しておいて良かったと思うよ。

 とはいえ、高齢者でも車が必要不可欠な人はいるから、返納の決断は難しい。俺のように都内に住んでいれば公共の交通網が発達しているからまだ平気だけど、地方では電車もバスもない地域はあるからね。「高齢者が免許を返すことが正しい」とは一概には言い切れない部分はある。

 でも、ただ「老人は返上しろ」って責められているわけじゃなくて、返上すればその分の「良いこと」があるという事実を知らない人は結構多いんじゃないかな。それを踏まえた上で、あとは個々人で判断すれば良いと思う。

 斯くして俺の生活から車はなくなった訳だけど、家に閉じ籠っているわけじゃないよ。むしろ仕事が増えている。特にミュージシャンとしての仕事が。夏場は音楽稼業の書き入れ時でね。夏フェスやらイベントが目白押しだよ。

 最近は、若い子たちと共演する機会が増えてきた。「ももいろクローバーZ」や「でんぱ組.inc」などアイドルのライブにウクレレで飛び入り参加したこともあるよ。

 近頃の人が作る曲は本当に難解だと感じるね。一小節にコードが何個も何個も入っていて曲が展開されていくから追いかけるだけでも大変。俺たちの時代はプレスリーのようなロカビリーや、ビートルズのように、一つのコードの中で如何にメロディーを展開していくかってことに主眼を置いていたから。

 車が無くて、仕事に行くのが億劫じゃないかって? 大丈夫。最近は俺のライブなんかがあると、娘夫婦や孫など家族全員で7人乗りの大きな車に乗って一緒に行くことにしているんだ。そして、皆でライブを観るというわけ。こっちの方が賑やかで楽しいから、俺はそれでいいんだ。

高木ブーが語る 運転免許返納の「特典」

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