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7年前、秩父の廃村はなぜ燃えたのか? 山村で生きる公民館長が語る「無人集落のリアル」

都心から日帰りで行ける廃村巡り #2

2020/02/01

genre : ライフ, 歴史,

 ここは埼玉県秩父市・浦山地区。別名「秩父さくら湖」とも呼ばれる浦山ダムからすぐ近くの山村だ。私と編集者Tは、浦山地区に広がる“廃村銀座”の現場を取材するため、ここを訪れた。

 浦山公民館長の浅見(あざみ)俊一さんに案内してもらい、最初に辿り着いた集落「嶽(たけ)」では、かつて3軒の廃屋が焼け落ちる火事が起こったという。それは、2013年8月のことだった。(全2回の2回目/前編から続く

 

◆◆◆

 浅見さんが語る。「家の近くにいたら、見知らぬ人が近寄って来て、『煙を見た。火事が起きている』というんだ。あとで聞いたら、その人は隣町の影森(かげもり)で養蜂の仕事をしている人だった。それですぐに消防団に連絡したんだ。2人が駆け付けてきたから、私の軽トラに乗せて、教えてもらった方角に3人で向かった。現場は練馬のキャンプ場だと思ったんだけど、もう少し先だった」

「誰かいませんか」「逃げ遅れていませんか」

 嶽に到着すると、手前の2軒が既に炎に包まれていた。結構な火勢だ。廃屋とはいえ、中に人がいないとも限らない。「誰かいませんか」「逃げ遅れていませんか」と3人で声を嗄らしたという。幸いなことに誰もいないようだった。

火事はこの奥で起きた。今は「警ら箱」が設置されている
ここにあった2軒の廃屋が最初に燃えた

 しばらくすると、柱が折れたのか、手前の家が崩れ落ち、あたりに無数の火の粉が舞った。その火の粉が風にあおられて後方に移動し、すぐ上にあった3軒目に燃え移った。「通称、村長の家と言われていてね、立派な家だったよ」。それも今は跡形もない。

 現場を確認した後は、すぐにポンプを持ってきて、消火活動に入らなければならない。そのポンプの運搬に再び浅見さんの軽トラが活躍した。

自殺を試みた男による放火

 火事の原因は放火で、犯人はほどなく捕まった。山を下りたあと、自ら警察に電話したのだという。浅見さんはたまたま犯人が警察に連行される場面も目撃した。「両脇を警察官に抱えられて、パトカーに連行されていった。茶髪でサングラスをかけた若い男で、近くに住む知り合いの孫に似ていてね。うわぁ、やっちまったんだと思ったら早合点で、東京の男だったよ」

火事当日の話を浅見さんに教えていただく。この奥に「村長の家」があった
今も立派な石垣が残っている

 当時の報道によると、その男は自殺するためにここを訪れたそうだ。家屋に火をつけ、自分もろとも……と考えていたようだが、結局は怖くなって逃げ出した。誰の目も届かない廃村は、よからぬことを考える人物の標的になるリスクがあるのかもしれない。ここには確かに誰も住んでいないが、少し山を下った場所には、有人の民家が何軒も残っている。火事の被害が拡大しなかったことは、不幸中の幸いだった。