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地域の結束力を高める新しい公共交通システム。

福井・永平寺町の『近助タクシー』が示す、地域力の作り方

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急激な超高齢社会を迎えた日本では、多くの地域でバス路線や電車など“地域の足”と呼ばれる公共交通が危機的状況にある。そんな現状を前に、新たな挑戦を始めた地域がある。福井県永平寺町の取り組みを追った。

九頭竜川の両側に広がる永平寺町
九頭竜川の両側に広がる永平寺町

 県庁所在地の福井市から車で30分ほどにある永平寺町。福井市の通勤圏ではあるが、それでも緩やかに高齢化と過疎化が進んでいるのはどこの地方都市も同じこと。とくに九頭竜川北側は街中心部から離れていることもありその領向が強く、商業施設の撤退や公共サービスの縮小などシビアな環境にある。なかでも路線バスは運転手不足により路線も本数も縮小傾向で、車を持たない高齢者にとっては移動手段が奪われる事態にある。川の北側の集落のひとつ、鳴鹿山鹿(なるかさんが)地区に住む今川冨美子さん(81歳)はその影響を受けたひとり。

「午前中のバスは8時台に1本だけ。乗り遅れたらいけないからはよ出なあかん。今年は雪がないけどこの寒さのなか5分も10分も待つのはしんどい。足腰がだんだん弱ってバス停まで3回は休まんと行けんし、結局去年の春頃からはほとんどバスは乗らなくなって」と話す。同じ集落に住む荒井とみゑさん(85歳)も「去年、運転をやめてからとたんに移動が不自由になってしまって」と嘆く。

曹洞宗の大本山・永平寺が町のシンボル。
曹洞宗の大本山・永平寺が町のシンボル。

 こうなるとおのずと始まるのが、高齢者の引きこもりだ。

「出かけたくても出られないのはつらいですよ。ひとりで家にいると一日の長いこと長いこと。出かけるから朝早く起きるし、身なりもちゃんと整える。それがないとだらんとしてしまうから」と荒井さん。

家の玄関前までお出迎え

 そんな高齢者たちの救世主となったのが、昨年11月1日にスタートした『近助(きんじょ)タクシー』の試走運行。これは、送迎用福祉車両を活用した公共交通システムで、目的地は路線バス同様、主要な商業施設や病院などに決められているものの、乗車場所は自宅の玄関先という画期的なもの。事前に予約を担当する浄法寺郵便局に電話をすれば予定の時間まで自宅で待機。車が見えたら玄関に向かえばOKだ。

道の狭い集落も余裕で走れる近助タクシー。
道の狭い集落も余裕で走れる近助タクシー。

「一度使うとやめられませんよ。だって自宅の前まで来てくれるんですから。運転手さんたちがまた優しくてね。乗りやすい向きに車を着けてくれたり、乗り降りを助けてくれたり。生きているうちにこんないい思いができると思わんかった」とうれしそうに話す今川さん。荒井さんは息子二人が近所に住むものの、近助タクシーのヘビーユーザーだ。

「息子たちに頼むこともあるけど彼らも平日は仕事で忙しいでね、頻繁には頼めんよ。でも近助タクシーのおかげで、好きな時に出かけることができて、これがどれだけ心地いいことか」

地域の住民がドライバーに

 こうした取り組みを開始した背景を町役場の中屋貴大さんはこう語る。

「バス利用者が減り、通勤・通学の時間帯以外は空気を運んでいる時もあります。運行経費は大きく赤字が続き、ドライバー不足という問題も重なり、本数・便を維持することは今後も厳しい。5年、10年先を見たら待ったなし、やれることはなんでもやろうという気持ちでこの取り組みを始めました」

行政側の担当者、永平寺町の中屋貴大さん。
行政側の担当者、永平寺町の中屋貴大さん。

 運営にあたり町が真っ先に相談したのが、自治組織のひとつである『志比北地区振興連絡協議会』。その会長である川崎直文さんこそ、運営をスムーズにしたキーパーソンだ。

「志比北地区は商店やJA出張所が撤退して地域としての機能が失われつつありました。だったら自分たちができることは地域で助け合ってやろうじゃないかという意識で活動を始めました。協議会は地区全域の活性化と、支え合いの地域づくりに取り組んでいます。その考え方にピタリとハマったのが近助タクシー。重要なのは、運転手は業者任せではなく地元の住民の方に担ってもらうこと。もちろん私も近助タクシーのドライバーです」

運営の要となる志比北地区振興連絡協議会長の川崎直文さん。
運営の要となる志比北地区振興連絡協議会長の川崎直文さん。

“交通手段”を超えた可能性

 現在ドライバーとして活動している9名は60、70代の男性。そのひとりである伊東力雄さん(72歳)は九州の出身で、50年ほど前から永平寺町に住む。長年仕事一筋で地域とのつながりは濃いわけではなかったが、今回ドライバーに立候補した。

「計画を聞いたときは他人事だと思っていましたが、川崎さんと話をする機会があり地区のためにお役にたてるならと引き受けました。始まってまだ2か月半ですが、自分でも驚くほど生活も価値観も大きく変わりました。利用者さんが“本当に助かるんや”とか“ありがとうね”とか、ときには涙ぐんで感謝の言葉をくれるんです。人に感謝されることってこんなにうれしいことなんですね。定年後は朝も遅くまで寝ているような生活だったんですが、ドライバーになってからは6時に起きて筋トレ。体力維持にも気を使うようになりました。ドライバーをやらなかったら年寄りの殻に閉じこもって視野が狭くなっていたと思う。今は360度の視野で人や町のことを見られるし考えられる。最高の居場所をいただきました」と今の心境を話す。もう一人のドライバー、大谷進さん(74歳)は「近助タクシーはお年寄りの集まる場に出ていくきっかけにもなると思う。地区には一人暮らしの方も多いので、いっしょに体操したり温泉にはいったり、子どもや孫に言えないようなことでも相槌うってくれる人がいる悦び。単なる交通手段を超えているものになると思う」と近助タクシーの可能性を熱く語る。

ドライバーを務める、大谷進さん(右)と伊東力雄さん(左)。リタイア後の生活のいきがいにもつながっているという。
ドライバーを務める、大谷進さん(右)と伊東力雄さん(左)。リタイア後の生活のいきがいにもつながっているという。

 この活動を支えているのは、送迎用福祉車両『ウェルジョイン』や仕組みづくりを提案するトヨタ自動車と、地元に根付く福井県のトヨタ販売各社。地域活性化のための新たなモビリティサービスを模索しているなか、やってみないと始まらないという思いでサポートを開始したのだ。行政、地域、住民、企業が一丸となって進める近助タクシー。公共交通としての可能性はもちろん、地域の結束力を高める新たな試みとしても注目だ。

“福井県オールトヨタ”の提案で地元小学生の絵を車体にラッピングした。
“福井県オールトヨタ”の提案で地元小学生の絵を車体にラッピングした。

『近助タクシー』のある一日

2つのコースを曜日ごとに交互に運行。この日は《松岡・御陵地区コース》の運行日。商業施設や病院、役場を回ります。

①電話予約は馴染みの浄法寺郵便局へ。
①電話予約は馴染みの浄法寺郵便局へ。
②ドライバーがナビで予約状況を確認。
②ドライバーがナビで予約状況を確認。
③一軒一軒、自宅前にドライバーがお迎え。
③一軒一軒、自宅前にドライバーがお迎え。
④車内は乗客、ドライバーとの交流の場。
④車内は乗客、ドライバーとの交流の場。
⑤ドラッグストア『ケンキー』で荒井さん降車。
⑤ドラッグストア『ケンキー』で荒井さん降車。
⑥『坂の下クリニック』で今川さんが降車。
⑥『坂の下クリニック』で今川さんが降車。
⑦福井大学病院、在宅訪問診療所をまわり終点。
⑦福井大学病院、在宅訪問診療所をまわり終点。

未来の公共交通として地域を応援する『ウェルジョイン』

 永平寺町の近助タクシーに使われている車両は、トヨタ自動車が開発・製造している福祉車両『ウェルキャブ』シリーズのひとつで、多人数の送迎を目的につくられた送迎仕様車『ウェルジョイン』。

「これまでの福祉車両の開発とは違って、実はウェルジョインはアナログの工夫が詰まった車なんです。ドライバーが中腰姿勢でシート操作をする負担を減らすために、セカンドシートの座席を減らしてサードシートへのアクセスをスムーズにしり、自力で乗り降りしやすいようにセカンドシートと乗降口に手すりをつけたり、乗降口にステップをつけたりと、ちょっとした工夫と発想の転換なんです。というのも、トヨタが初めてサポートした秋田県横手市のミニバスにしても、今回の永平寺町の近助タクシーにしても、ドライバーは地域のボランティアで高齢者。ドライバーの負担を減らす必要があるんです。永平寺町をはじめ全国でウェルジョインを使った交通システムの実証実験が始まっていますが、また新たな課題が出てくると思います。行政や地域と連携しながらもっとよりよい形を追求していきたい」とウェルキャブ開発の中川茂さん。“すべての方に快適な移動の自由を提供する”というウェルキャブの理念のもと、これからも超高齢社会に挑んでいく。

乗り降りしやすいステップを設置。
乗り降りしやすいステップを設置。
セカンドシートはあえて2シートに。
セカンドシートはあえて2シートに。
ひとりでの乗降をサポートする手すり。
ひとりでの乗降をサポートする手すり。

提供/トヨタ自動車  https://toyota.jp/welcab/

出典元

安倍<官邸>錯乱す

2020年3月19日号

2020年3月12日 発売

定価440円(税込)