警察官が臨場した時、黒いミニバンの運転席に座るA(51)は、首と腹から血を流して、意識朦朧としていた。車内のシートにもたれかかる母子4人はすでに事切れた状態だった。車の外には使用済の練炭が入った2つの七輪。微かに燻る煙の向こうには、福島県いわき市の夜景が無情に広がっていた。
◆◆◆
「本日、家の事情で子供3人を休ませます」
吉川美奈子さん(43)がいわき市立小名浜第一中学校に電話したのは、1月21日午前7時40分のこと。同日朝、3年の歩夢くん(15)、2年の双子姉妹・茅乃さんと海音さん(共に13)は母・美奈子さんとその交際相手だったAに連れられ、死の旅に出たのだった。
「仕事に失敗して借金があり、生活が苦しかった。4人を刺して自分も死のうと思った」(Aの供述より)
Aは当日、練炭と七輪を購入。日没前には、5人が家族同然に暮らしたアパートから約30キロ離れた水石山公園に到着している。
「当初は車中で練炭心中を図ったが、苦しくなって断念し、Aが刃物で4人の首を刺して殺害したとみられる。最後に自傷するも死に切れなかったAは、22日午前1時半頃、自ら携帯で『人を刺した』と通報してきた」(捜査関係者)
司法解剖の結果、4人の死因は、失血死または失血性ショック死だった。
「4人とも一酸化炭素を吸っていたが、意識を失うほどの血中濃度ではなく、薬物やアルコール反応も出なかった」(同前)
車内には争った形跡がなく、遺体に防御創もなかった。無抵抗でAの手にかかった母と子たち。彼らはどんな“家族”だったのか。
それぞれに結婚歴があり子どももいた
「長い髪を後ろに束ねたその男性(A)は、子供が小学生の時、登下校の横断歩道の旗振りをやっていましたし、授業参観にも出ていました」(近隣の保護者)
傍目には実の5人家族に映っていたが、美奈子さんには別居している夫の他に、成人している3人の子がいた。Aはすでに離婚しているものの、前妻との間に3人の子がいるという。
いわき市内出身の美奈子さんは早くに父親と死別し、母子家庭で育った。
高校時代の親友が語る。
「美奈ちゃんは父親のいる家族に強い憧れを持っていました。『早く子供を産んで家庭を作りたい』と。実家は裕福じゃなかったので高1からガソリンスタンドでアルバイトをしていたのですが、そこで知り合った2つ上の男性が後の夫です。高2の途中で中退すると、18歳くらいで女の子、後に男の子2人を産みました」
やがて夫は市内にマイホームを建て、歩夢くんら3人も誕生した。だが、夫婦仲が悪化し、美奈子さんは約10年前、幼い下の3人の子を連れ、家を出ていくことになる。その際、支えになったのがAの存在だった。