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阿川 プロになってからは仕送りをされたり?

野村 ええ。初任給は7000円でしたけど、毎月1000円仕送りしてました。その後、バリバリ稼げるようになってからは月に何万円も送れるようになったんですが、「今の何万円より、苦しい中から送ってくれた1000円のほうがお母ちゃんは嬉しかった」と言ってましたね。

「着替えてこい、きれいなお姉ちゃんがおるぞ」

阿川 何年目くらいからバリバリ稼げるようになったんですか?

野村 3年目にレギュラーになって、その翌年に初のホームラン王のタイトルを獲得してからですかね。プロに入った当初はびっくりしましたよ。試合や練習が終わって、寮に帰ったら誰もいないんです。

阿川 どこに消えちゃったんですか?

野村 飲みに行ってるんです。「そんなバットを振って一流になるなら、みんな一流になってるよ。この世界は才能だ。着替えてこい、きれいなお姉ちゃんがおるぞ」とよく誘われましたけど、「僕はいいです」と断って、バットを振ってました。学生服しか持ってないから、着ていくものもないし。いまだに歴代のプロ野球選手の中で、僕ほど素振りをした人はいないと思ってます。まあ王(貞治)選手も荒川道場でバットを振っていたと言うけど……。

野村氏(左)と王貞治氏(1965年撮影) ©文藝春秋

阿川 畳が磨り減るほど振ったという映像を、テレビで見たことがあります。

野村 ジャイアンツだからああやって話題になるけど、南海ホークスじゃ話題にならない(笑)。王に負けないくらい振っていたと思いますよ。「野球の才能がそんなにあるわけじゃない」と自覚していたので、練習するしかないと。

阿川 あ、天才肌じゃなく、努力肌だと思ってらした。

野村 そう。どうせクビになるんなら、納得してクビになろうと思ってバットを振りまくりました。ちょっと横道にそれたこともなくはないけれど。

「サッチーさんの第一印象は?」「別に……」

阿川 横道とは?

野村 女性ですよ。

阿川 なんだ、楽しいこともあったんじゃないですか。

野村 いや、楽しくないよ(笑)。彼女でもないから。最初の結婚も、人の紹介だし、恋愛ってしたことないのね。

阿川 えっ!? サッチーさんとは?

野村 いや、サッチーさんもそんな……。彼女には騙されたね(笑)。

1992年セリーグ・ヤクルト戦 ©文藝春秋

阿川 本の中で、お二人の出会いも明かされてましたけど、原宿の皇家飯店で食事をしているときにマダムから紹介されたって。そのときは恋心は湧かなかったんですか?

野村 当時の僕は選手兼監督だったんですけど、僕より年上ですし、結婚するというのはまったく想像しなかった。しかもサッチーさんのほうにダンとケニーという二人の子どももいましたから。向こうも野球のことは何も知らなかったから、マダムが「野村監督です」と紹介しても、工事現場の監督だと思ってたんじゃないですか(笑)。

阿川 アハハ。

野村 ただ、子ども二人が野球少年で、サッチーさんがその場で子どもに電話をかけて、「野球の野村さんって知ってる?」と聞いたら「すごい人だよ」って答えが返ってきたらしいんです。そのときに、彼女はいいカモを見つけたぞと思ったような気がする(笑)。この人となら子どもとうまくいくだろうと。

阿川 監督からみて、サッチーさんの第一印象はどうだったんですか?

野村 別になんとも……。普通のそのへんの女性と思っていました。