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「マー君は俺のことを気遣ってくれてたのかな」

阿川 克則くんは現在、東北楽天ゴールデンイーグルスでコーチを務められるなど、幸せになられてるんじゃないですか? 克則くんの奥様は監督と同じ敷地で暮していて色々と生活の手助けをしてくれるんでしょ?

野村 サッチーを見て育ってるからか、いい嫁さんをもらってくれましたよ(笑)。おそらく「俺はこういう女はもらわないぞ」と思ったんじゃないの?

阿川 ハハハ、サッチーさんとは違うタイプの女性と結婚されたんですね。でも、監督はサッチーさんだからこそ良かったと思ってらっしゃる?

野村 うん。振り返ってみれば、自分自身は典型的な野球馬鹿だったから、それ以外の全てをサポートしてもらえたのはほんとにありがたかった。

阿川 監督は「野球馬鹿になるな」って若い選手に言ってらっしゃるんじゃなかったっけ?(笑) もっと広く人生を見ろ、と。

野村 それは自分が野球馬鹿だと分かっていたからね(笑)。

1965年、南海の野村氏(中央左)は三冠王に輝いた ©文藝春秋

阿川 監督が育てた選手についてはいかがですか? たとえばマー君(ニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手)とか?

野村 いま考えれば、あいつは、俺のことを気遣ってくれてたのかなって思うんです。俺が楽天にいる間はアメリカへ行かなかったから。だとしたら嬉しいけど(笑)。

【一筆御礼】

 その後、お疲れは出ませんでしたか。奥様を亡くされて心なしかお元気がなく、そんな気落ちした監督のお話でも、ボソボソと真面目に話されれば話されるほど、ユーモアに満ちていて、つい吹き出してしまい、失礼いたしました。初めてお目にかかったのはこの文春の対談を始めてまもなく、ヤクルトの監督時代でした。奥様のサッチーさんとご一緒にいらした瞬間、「うわ、キンキラしていて迫力満載!」と少々ビビりましたのですが、お二人の掛け合いを聞くうち、「ボソッ」と監督が一言言えば、「なに言ってんの!」と奥様が間髪入れず言い返される。その丁々発止があまりにも息ぴったりで、感動したことを思い出します。叱って励ます奥様はもういらっしゃらないけれど、優しく我慢強い野村克也は未だここにありですぞ。どうかこれからも野球界のために、お元気でぼやき続けてくださいますように。

のむらかつや/1935年京都府生まれ。54年、南海ホークスに入団。65年、戦後初の三冠王を獲得する。70年に選手兼監督に就任。その後、ロッテオリオンズ、西武ライオンズでのプレーを経て現役引退。引退後、ヤクルトスワローズ、阪神タイガース、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を歴任する。最新著『ありがとうを言えなくて』(講談社)が発売中。

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