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連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

『淪落の人』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

人間を回復させるもの

2020/02/23

 タイトルにある“淪落”って、“どん底”という意味の言葉らしい。し、知らなかった……。しかし人生におけるどん底って何だろうと考えるに、何かを失ったり失敗してしまうだけじゃなく、そこから“回復できない”状況のことじゃないだろうか。

 例えば、わたしの好きな海外ドラマ『アフター・ライフ』の主人公は、妻を病で亡くし、殻に閉じこもって暮らしている。何をしたって妻が戻ってくる可能性はなく、世界は孤独な灰色のまま。でも最後に彼は、「妻がいてくれた。幸福とは素晴らしいものだった。もしそれが他の人のものであっても、やはり幸福は素晴らしいものだ」と気づく。だから「これからは他の人の幸福のために生きよう」と考え、周囲の人を大切にし始めるのだ。

 回復不可能な喪失を経てなお、人間は生きていかねばならない。そのとき、わたしたちは何を支えとすればよいのだろうか?

 さて、この作品は、二人の人間が手を取り合ってどん底から這いあがっていく、軽やかな人間ドラマなのだ。

NO CEILING FILM PRODUCTION LIMITED©2018

 香港で暮らすリョンは、事故で半身不随になり、妻とも離婚。日に日に気難しくなっている。だがある日、フィリピン人家政婦エヴリンが写真家になる夢を隠していることを知り、気に留め始める。二人は次第に、互いの痛みが理解できるようになり……?

 絶望に沈む二人が、思いやりを持ち合うことで水面に浮上していく姿が胸に迫る。リョンにとっては、若いエヴリンの輝く未来が希望となる。エヴリンもまた、初めは「夢は自力で叶えるもの。愛は人から与えられるもの」と言っていたが、次第に変わっていく。個人の夢と、他者との愛は、別々のものじゃなく、溶けあって同時に心の中にあっていいとわかるのだ。“人間を回復させるものは人間である”としみじみ胸に迫る秀作。三十二歳の女性監督による長編デビュー作です。

INFORMATION

『淪落の人』
全国上映中
http://rinraku.musashino-k.jp/

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